子供のワクチン接種に「本人の意思を尊重」?

ランドセルの女子小学生 医療・健康

ワクチン打つ・打たないは「子供の意思を尊重して?」

先日クラブハウスを覗いてみると「本人の意思を尊重して15歳の息子のワクチン接種をキャンセルしました」という部屋がありました。

子供にワクチンを打たせないというのはいいんですよ。 問題は「本人の意思を尊重して」という余計な副詞句です。 なぜこのような余計な副詞句を入れる必要があるのでしょうか。 ではこの息子さんが5歳であればどうしていたのでしょうか。

これ、ワクチンに関する議論の黄金パターンなんです。 ワクチンそのものの安全性について話しているのに、どういうわけか最後は「本人の意思を尊重して」とか「自分の判断で打つかどうかを決めることができるので民主主義的だ」とかよくわからないことになってるんですね。

 

とにかく皆コロナにアタフタしている

これが何を表しているかと言うと、皆惑いまくっていてモヤモヤした感情の着地点を探しているということです。

何が正しいかなんて分からない。でもワクチンを2回接種したことを後悔したくない。自分を肯定するためにワクチンについてネガティブなことを考えたくない。子供にワクチンを打たせるべきかどうか自分で判断できない。だから「本人の判断」として、その判断自体は尊いものということにしておこう。仮に子供が小さくて自分で判断できないとしても、私の判断は子供を可愛いと思うがゆえの決断であり、誰にも否定されるものではない。

こういったポエムで互いを慰め合っているわけですよ。

ちなみに、このクラハではさすがに参加者の一人が「『本人の意思を尊重して』と言うのは無責任過ぎる」と理性の伴う指摘をしていました。

 

「天秤に載せる」?何を?

論理で詰められるところはとことん論理で詰める。その先が価値観の問題。

と明言したのが橋下徹です。私もこういう思考法を心掛けています。

さて。

ではコロナについては論理的に詰められているでしょうか?

これを私は去年の1月から言い続けているのです。

ワクチンを打つかどうかは、メリットとデメリットを天秤にかけて個々が判断すれば良い。

これまたワクチンの話になると必ず聞かれる陳腐なフレーズです。

これを言う人に是非聞いてみたい。

「あなたは何を天秤に載せたのですか?」と。

私が2年近くにわたって主張してきたのは、とどのつまり、「天秤に載せる材料」についてです。これは政府や医師会がその気になれば簡単に用意できるのに、それを一向にやろうとしませんでした。今の統計だけではコロナの本当の怖さも、そしてワクチンの安全性も分からないのです。載せる材料がないのにどうやって天秤を使えというのでしょうか。

この状況は、政府や医師会が【敢えて】情報を欠損させて作り出していると考えざるを得ません。具体的には「定点観測」データ等ですが、嫌っちゅうほど書いているので、詳しいことは過去記事を読んで下さい。

 

コロナ禍はコントだ

これ確か以前のツイキャスで挙げた例だと思うんですが、お笑いコンビ・バイきんぐのネタで「訪問セールスマン」と言うのがあるんです。

私の大好きなネタなんですが、突然マンションの一室にセールスマンが訪問してきて、どこにでもあるキーホルダーを売りつけてくるという話。キーホルダーを売って歩くなど普通だと絶対しないのに、そのセールスマンの自信に満ちた堂々たる態度と、「このマンションで買っていないのはお宅だけ」という同調圧力に押されて結局キーホルダーに加えて「手書きの迷路」まで買ってしまう、というものです。

要するに、セールスマンの話術で商品価値の評価などどうでも良くなってしまうということなのですが、コロナおよびワクチンについてはまさにこのコントそのままなのですよ。

貴方はなぜコロナを怖いと思ってるのですか?「マスコミが怖いって言ってるから」ではないですか?

貴方はなぜワクチンを接種したのですか?「皆が打ってるから」ではないですか?

コロナ議論から逃げるな

何度も申し上げておりますが、このコロナ禍の問題の根幹は、政府やお医者サマ連中が【科学】も【規律】も無視しているところにあります。

コロナ対応を宣言した病院には多額の補助金が支払われますが、なんと実際には患者を受け入れなくても良いし、患者を受け入れなくても補助金はもらえるとのこと。

「コロナ怖い」デマは放置してきたのに、少しでも「ワクチン怖い」と言えばなんと大臣サマ直々に「それはデマだ!」と言う。

緊急事態宣言やGoToキャンペーンの総括もしないまま。

コロナに解放された病床や人的リソースはめちゃくちゃ少ないまま放置しているのに、いざワクチンが完成したら「打たないヤツは非国民」と言わんばかりの同調圧力。

皆さん、いい加減気づくべきではないでしょうか。コロナ禍で国民をコントロールしているのは、ただの空気です。ここで言いたいのは、「ワクチン怖いから打つな」ではなく、コロナやワクチンの安全性および危険性を評価するに至る手段すら用意されていないということなのです。

冷静、客観的に考えれば分かることなんですが、そこには同調圧力、恐怖心、面倒くささが邪魔をして考えさせてくれません。その結果、
「天秤に載せて個々が考えれば良い」
「自由が保障されている日本は素晴らしい」
「子供のワクチン接種は本人の意思を尊重して」
などとトンチンカンなことを言ってしまうわけですよ。

もうね、コロナやワクチンのことをいくらブログで書いてもアクセス数なんてま~伸びないですからね。ツイッターや音声メディアで喋ったって反応の悪いこと。賛成なら賛成、反論があるなら言ってくれりゃ良いんですが、薄い薄い。皆、明らかにコロナの議論から逃げているんです。

 

ってことで次回は、改めてコロナとワクチンにまつわるメディアとインフルエンサーのデタラメ発信について語る予定です。

 

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