つづき。
おこめ券が届いたけれど……
うちの自治体でも「おこめ券」が配布されているが、その額は2200円。実勢価格でちょっと良いお米2kgが買える金額だ。このおこめ券を配布するのに税金がどれだけ使われたかを考えるとげんなりする。
さて、大阪府では2023年から、妊婦または子供のいる世帯に限っておこめ券を配布する事業を始めた。これについて今まで私はXで発信したことがない。書こうとすればあれもこれも書かなくてはならなくて面倒くさかったのだ。
ということで、ここで。
まず良い面を見ていく。と言っても、おこめ券配布の良い面など大阪の維新支持者がさんざん発信しているので今さら特に語るべきものはない。
「物価高で皆さん困ってますよね。お子さん、ご飯炊くさん食べますよね。おこめ券あったら助かりますよね」
めでたしめでたし♪だ。いざおこめ券が届くと、それを維新支持者が喜んでXに上げる。「維新、ありがとー!大阪に住んでてよかったー♪」だ。これで多少なりとも大阪や維新のアピールにもなるだろう。
ふむ、何も悪いことはなさそうだ。
し・か・し、だ。
ここで私が口を酸っぱくして言っている「維新とは何ぞや」という政党アイデンティティーの問題が出てくる。現役の維新の政治家や維新支持者がやたらという「大阪での実績」だが、あんたら本当に分かってんのか?と言いたくなるはこういうタイミングである。
おこめ券って「無駄な行政」ではないの?
維新の改革とは、行政の無駄をなくして財政で余裕ができた分を本当に役に立つ、あるいは再生産性の高い事業の予算に回すことで実現したものである。
生活が困窮しているからという理由で、水道の基本料金を無料にするのは分かる。値下げ分の税金負担以外、大した金も手間もかからないからだ。
ところが、おこめ券配布となると違う。まずは申請の手続きがあって、デジタルにしろ紙媒体にしろクーポンを発行するという行政コストがかかる。1000億円オーダーの事業だが、Grokに調べさせたらこれを「現金給付」にしただけで、100億円近いコストが節約できるらしい。とは言え、おこめ券の方がキャッチーで住民に寄り添っている演出はできる。このコストの差は大阪および維新の宣伝広告費として割り切ることもできるだろう。
だが、問題は、どうも維新のリーダーが、これこそ維新のやるべき行政であり、理想の手法であると思い込んでるかもしれないという点にある。
俺ならこうする!
例によって「もしも私が」の話するが、物価高で子育て世帯が困窮しているという状況において、私であれば、デジタルクーポンのみでおこめ券(食料品券)を配布し、こう言う。
「本来なら、経済状況の揺らぎによって生じる国民の困窮についてケアしなければいけないのは国の役目である。政府は”選挙活動”ではなく、真に難儀を強いられる国民のために、たとえば現金給付や減税をリアルタイムに実行できる仕組みを構築すべきだ」
さらに、これが2023年の話だとして。
「おこめ券配布というやり方は全くスマートではないが、フットワークの軽い地方自治体としてとりあえずこういうやり方を採っている。一方で、維新はいわゆる給付付き税額控除の制度化を訴えているが、いまだ実現しそうにない。大阪府では一足先に法律の範囲内で”地方版給付付き税額控除”の制度化に取り掛かる」
とぶち上げるだろう。
「地方版給付付き税額控除」やってみようぜ
「地方版給付付き税額控除」は、私が勝手に考えたものだが、要するに国で想定されているそれを地方自治体でやろうというだけのこと。そこには地方税法の壁が存在し、住民税の税率を自治体が勝手に変えるわけにはいかないのだが、それなりの事情さえあればいじることができる。国であれば同じ徴税システムを逆流させて給付金とすることができるが、こればっかりは地方にはできないので、別ルートを使ってシステマチックに給付をする。これで、仮想的ではあるが「地方版給付付き税額控除」は完成する。
この地方版給付付き税額控除は、オプションで前借り機能を付けて、年末調整で清算するようにしておけば、急な困窮にも対応できる。もちろん、おこめ券なんていうスマートでないやり方に頼る必要もなくなる。おこめ券にはある程度の広告効果はあるが、本来まっとうな政治がやらなくてはいけないのは、「おこめ券を配らなくても良いような制度設計」のはずだ。
ま、Grok先生と2~3ラリー交わしてテキトーに作った案なので、どこかに瑕疵はありそうだが、十分できそうな気もする。仮に国でも給付付き税額控除が近々制度化されたら地方版は数年でなくなることになりそうだが、その実現を早めるためにも地方で出来るならやった方が良い。
もっともこれはあくまで2023年以前という前提の話。これを書いている時点で自維連立は成立しているのでもはやさほど意味があるとは思えないが、国による給付付き税額控除がとん挫してしまうようなことがあったら、その時こそやってみるべきだろう。
何より、「合理的に考えればこういう手法になるだろうし、合理的にやれば実現できる。国がやらないなら地方で出来る限り地方でやってみる」これこそが「維新の理念」ではないか。
悪い意味でのポピュリズム
話を戻して「食料品消費税0%」案は、地方自治体のノリでつい言ってしまったことではないか?「おこめ券」はその外連味も含めてまあヨシとできる部分はあるにしても、本来の【維新的】政治理念に則れば、「合理的に」「無駄をなくして」行政遂行したいはずなので、その都度コロコロ細かい調整を入れたり行政の負担増大になるようなやり方は避けられるべきだろう。
「だって、貧乏な人ってエンゲル係数高いんでしょ」
「だったら食料品の消費税なくす方がいいでしょ」
「でもずっとだと文句言う人がいるから2年間で元に戻すならいいでしょ」
これではダメだ。食料品という品目はキャッチーではあるが、人はパンのみに生きるものにあらず。平均を採れば困窮世帯のエンゲル係数が高いのは事実だろうが、100グラム90円の豚小間も100グラム2万円のキャビアも一緒くたに扱うようなやり方が合理的かどうか考えた方が良い。
認識すべきは、貧乏人は「金がなくて困っている」ということである。21世紀の高度な通貨社会において、現物支給に近いような生活保障の考え方は時代遅れと言わざるを得ない。
ハッキリ言ってこのような政策提案は、サヨク仕草であり、国民に阿りまくった悪い意味でのポピュリズムでしかない。
つづく。




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