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維新・藤田共同代表の騒動で浮き彫りになる維新の病巣

政治・経済

つづき。

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「政治家哲学の原理主義者」としての橋下徹

前回の投稿では、「橋下徹氏の『維新の理念』という観点からの指摘には一理あるにしても、大きな感情の塊が含まれており、主張の妥当性を欠く」ということを書いた。

もう一度言うが、橋下氏は「政治家哲学の原理主義者」という側面をよく見せる。そして概ね私はそれを肯定的に捉えている。しかしながら、その原理主義が、時には恣意的に暴走させるように見えることがある。その典型が兵庫県斎藤知事騒動だ。

斎藤知事騒動とは要するに、兵庫県職員が県のトップである知事の「パワハラ」だの「おねだり」だのと言った”問題行動”を外部に知らしめるという行為が、「公益通報」なのか「怪文書のばらまき」なのかという問題だった。

 

斎藤知事騒動を振り返ってみよう

橋下氏は、「最高権力者が公益通報を潰した」という主張で斎藤知事を徹底的に批判した。しかしながら、その「公益通報」(私は「怪文書」と捉えているが)には、斎藤知事自身のことのみならず、第三者の個人・企業の名誉に関わる内容が記されていた。

自身への批判なら、その真偽はともかくとして、第三者機関に任せていれば良い。これが権力ガバナンスの在り方だ。ところがそこに第三者が巻き込まれていたら?知事は部下の問題行動の始末をつけるという義務を負う組織の責任者でもある。

斎藤知事と当時の片山副知事は、第三者を通さずに元県民局長と直で話の片を付けた。これを「斎藤は自分を陥れようとする職員を懲らしめてやった」と見るのは自由だが、一方で「組織の長として第三者への迷惑を最小限に抑える措置」の可能性が同時にある。

橋下氏は、ここで政治家哲学の原理主義を持ち出し、【前者のみ】を俎上に上げて評価した。「評価」とはもちろんマイナス評価のことであり、橋下氏は斎藤知事を稀代の極悪人であるかの如く、叩きに叩いたわけだ。

ちなみに当時私は斎藤知事について、「私ならこんなやり方はしない。が、だからと言って『悪い』とは言い切れない」という立場だった。

 

同じ手法で藤田斬り!

今般の藤田共同代表”公金還流”騒動においても、橋下氏は斎藤知事にやった時と同じ手法で攻撃したのである。先日の投稿で書いた通り、藤田氏の秘書経営企業の利用には十分な合理性があり、後ろ暗いところはない。だからこそ領収書を公開していたのだろう。

ところが橋下氏は、「政治とカネの問題を追及すべき立場の維新共同代表がこんなことをしていてはガーーッ!」とやったのだ。藤田氏が「正しい」かどうかはともかく、橋下氏がこれをまるで「悪行」のように指摘するのは全く的外れだ。

先の投稿で書いたように「外形的公正性」の実践にはどのみちどこかに限界がある。が、少なくとも「領収書の全公開」という維新独自の手法は、その外形的公正性の相当割合を担保してくれるものだ。なんせ、「いくらでもチェックしてください」と言っているのだから。

 

言われてから修正して何が悪い?

さて、ここからさらに橋下氏の陰湿で卑怯な追及手法を俎上に載せていく。

「自分は何も悪くない」のは、客観的事実として違法でもなければ利益誘導していたわけでも寄付をしていたわけでもなく、さらには内規違反すらしていないのだから、当たり前のことである。

「周囲に言われたからこれから発注先を変える」。何もしなければしないで批判するだろうし、したらしたで批判する。要するに藤田攻撃そのものが目的ということだろう。悪いことをしてなくてもこれだけ騒がれたら何かしないといけないというのは現実的な措置だ。

また「言われないとしない」のは、貴方が目に入れても痛くないほど可愛がっている吉村さんにこそ言ってはどうか?詳しくは後ほど。

 

だったら政治家倫理に関わることは内規に書くな

内規に違反していない行為を「拡張解釈」と言うのなら、橋下氏がやるべきことはただひとつ。

「維新の内規から政治家倫理に関わるような文言は一切削除せよ」という主張

だ。内規があってもそれを守る意味がなく、結局は「維新のメンバーなら言わなくてもわかるだろ」という論理で責められるのであれば、そもそも内規に書く意味がない。ここでこそ、創業者の影響力を駆使して指摘したらどうか?内規改正をすると言っている吉村代表も、その同じ棒で叩くべきだ。それもせずにこのような論理で攻撃するのは、その相手が特定の個人だからと思われても仕方がないだろう。

 

吉村ファンクラブ会長・橋下徹

さらに、笑ってしまうレベルのポストがこれだ。

吉村氏・藤田氏の言動をいかにも対比的であるかのように見せているが、吉村氏は「藤田氏が悪い」とは言ってないし、藤田氏は「ルール作りに反対している」わけでもない。

言うまでもなく、比較するなら同一の命題について2人がどういう見解を持っているかを示さなければならないのに、全く違うことを並べて対比になっているように見せかけ、吉村アゲ・藤田サゲをやろうとしているのだ。

そもそも藤田氏は問題の当事者であり、上には「代表」という立場もいる。当該事案については遠慮なく「個別事案」として扱って「今後はやめておきます」で済む話。その一般論化の提案をするのは代表である吉村氏の役目だ。

橋下氏は、吉村さん可愛さのあまり、その思考回路も吉村ファンクラブのレベルにまで堕ちてしまったらしい。

 

つづく。

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