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改革は、なぜいつも「宗教」に堕ちるのか

政治・経済

――理念政党が直面する避けがたい罠について

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はじめに:改革は正しい。それでも、なぜ壊れるのか

行政改革、既得権打破、現役世代重視。
こうした主張は論理的にも妥当で、多くの若者や現役世代が内心では賛成している。
それにもかかわらず、日本では改革政党が長期的に定着した例はほとんどない。

よくある説明はこうだ。
「抵抗勢力が強いから」「マスコミに潰されたから」「国民が愚かだから」

しかし、これは半分しか当たっていない。
本質的な原因はもっと内側にある。

改革は、成功すればするほど、理念ではなく信仰へと変質してしまう。
そして多くの改革運動は、その瞬間に自壊を始める。


1.改革政党は「原理への回帰」から始まる

改革運動の出発点は、いつも単純だ。

・人ではなく制度
・感情ではなく合理
・前例ではなく目的

これは政治思想史で言えば、宗教改革と同じ構造を持つ。
すなわち、権威や慣習を疑い、原理そのものに立ち返ろうとする姿勢だ。

カトリックに対するプロテスタントが、
「教皇ではなく聖書を読め」と言ったように、
改革政党は「誰が言ったかではなく、何が正しいかを考えろ」と要求する。

この時点で、改革は本質的にエリート主義的になる。
なぜなら、理念を理解し、自分で判断することを、支持者に求めるからだ。


2.人間は、理念より「判断の委託」を求める

ここで、人間の性質が壁になる。

理念を理解するには、時間と労力がいる。
政策を比較するには、知識と集中力がいる。
判断するには、間違える責任を引き受けねばならない。

多くの人にとって、これは重すぎる。

だから人は、こう考える。

「この人についていけばいい」
「この人が正しいと言うなら、それでいい」

一言で言えばこれは「知的怠惰」なのだが、同時に認知負荷を下げるための自然な選択とも言える。
宗教史において、判断を信徒に委ねないカトリックが、
自己解釈を要求するプロテスタントより圧倒的に拡大したのも、同じ理由である。

政治も例外ではない。


3.改革政党は、成功すると必ず「顔」を求められる

改革政党が一定の成果を出し始めると、次の段階に入る。

・「この人がいるから安心」
・「この人ならやってくれる」
・「この人に任せたい」

支持は、理念から人物へと移動する。

選挙戦術としては、これは極めて合理的だ。
抽象的な改革理念より、具体的な「顔」の方が伝わりやすい。

しかしここで、致命的な転換が起きる。

理念が、個人によって代替される。

こうして改革政党は、
「改革を掲げる理念政党」から、
「改革を体現する人物政党」へと変質する。

これは衰退ではない。
むしろ、最も勢いがある時期に起きる。


4.ヤン・ウェンリーが見抜いた民主制の自己破壊

『銀河英雄伝説』のヤン・ウェンリーは、民主共和制を信奉していた。
だからこそ、望まぬ戦争を引き受け、多くの命を奪う役割を担った。

しかし彼は気づいていた。

人々は民主制ではなく、
ヤン・ウェンリーという個人についてきている。

それは専制政治の英雄と、本質的に何が違うのか。
自分自身が、民主制の最大の脅威になっているのではないか。

重要なのは、
ヤンがこの矛盾を自覚し、苦しんでいた点だ。

理念を守るために立ち上がった人物が、
理念を空洞化させてしまう。
これは改革運動が必ず直面する宿命である。


5.情報社会でも、人は「ステンドグラス」で考える

現代は情報が溢れている。
政策資料も、統計も、論文も、誰でもアクセスできる。

それでも多くの人は、

・誰が言ったか
・どの陣営か
・その場の空気

で善悪を判断する。

中世、文字が読めない人々のために、
ステンドグラスや音楽で教義を伝えたのと、本質は変わらない。

道具が進歩しても、人間の判断様式はほとんど変わらない。

改革が「空気」や「信仰」に飲み込まれるのは、
現代だからこそ起きる現象でもある。


6.それでも改革を目指すなら、覚悟すべきこと

では、改革は不可能なのか。
そうではない。

ただし、幻想を捨てる必要がある。

・支持者は必ず楽な判断を求める
・成功すれば、個人崇拝は必ず生まれる
・理念は、放置すれば必ず宗教化する

この前提を否定した瞬間、改革は終わる。

改革とは、人を啓蒙することではない。
人が誤る前提で、制度を設計し続ける作業である。


おわりに:最大の敵は、あなた自身である

改革を志す政治家にとって、
最も危険な瞬間は、支持率が落ちた時ではない。

「あなたがいれば大丈夫だ」と言われ始めた時だ。

その言葉に安堵した瞬間、
理念はあなたに吸収され、
あなたが去れば、改革も消える。

だからこそ、最後にこう言いたい。

改革の最大の敵は、反対勢力ではない。
改革者自身が「神」になることだ。

それを恐れ続けられるかどうか。
そこに、改革の未来がかかっている。

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