小ライス、維新旧旧党三役を語る
去年の暮れごろから年をまたぐ形で、日本維新の会旧旧党3役について語るスペースを開催した。元々は、馬場代表から吉村代表にバトンタッチするにあたって新執行部を語ろうという要請を受けてのものだった。しかしながら私は新執行部メンバーのことをほとんど知らないし、そもそも「個人」を語ることにあまり興味がない。
もちろん、これはこれでやれば良いのだが、維新がどんどん斜陽政党となっていく折に新執行部を語るのであれば、その前に「旧執行部を振り返る」という作業が必要となる。維新のためを思うのなら、だ。ということで、僭越ながら、藤田文武、柳ケ瀬裕文、音喜多駿というお三方を俎上に上げて通信簿をつけるようなスペースを開催した。
見るべきは個人ではなく、「立場」
ここで重要なことは、単に個人ごとに分けたということではなく、「役職」に着目して語ろうとしたというところにある。このスペースの趣旨は「ファン活」や(直接的な)「広報」ではなく、「総括」にある。未来に期待するなら、過去を総括して、各々の評価すべきところと反省すべきところを抽出してこそ、次の執行部メンバーの課題として還元される。ひいては、支持者の、地味ではあるが質実剛健たろうと言う姿が長期的な広報にもなる、と私は考える。
そのためには、3人各人を「1 of 3」として見るのではなく、「幹事長」「総務会長」「政調会長」という「オンリー1が3人いる」という前提で語らなければならない。役職にこだわったのは、私自身がいわゆる党3役だの党4役だのといった役職の役割についてボンヤリとしたイメージしか持っていなかったため、改めて整理したかったというのもある。
松井さんの場合
私が人を評価する際、褒めるにしろ貶すにしろ、基本的にその対象は「その立場からの言動」である。一次的にはまず「立場」を見て、「個人」を評価するのは二次以降の作業だ。
例えば、維新で言えば現役時代の松井元代表と焼き鳥屋で酒を飲む機会があったとする。そこで松井さんが「なんだかんだ言うても後任は馬場さんしかおらんわー」と呟いたとしても、何の問題も感じない。だが、表では松井さんは「政党代表」という立場であり、そんなことをを言えば大問題だし、実際に松井さんはそれをやった。
馬場さんの場合
代表と言えば同じく元代表の馬場さんが、衆院選で惨敗を喫した際、「大阪では全勝」「地方でも新規獲得があった」と裏で言うのは自由だが、表でマイクを向けられたら「多くの有能な武将を失ったのは全て代表である私の責任です。候補者とその支持者には本当に申し訳ない。辞任し、代表選を実施します」と言うのがリーダーという立場である。
足立さんの場合
例によって例に挙げる足立康史議員。彼が維新内部のいわゆる「機関紙騒動」において党員資格停止処分を食らっている期間に、私人であり維新支持者であるツイッター民とモメた。名前は伏せるが、K原という人が開催するツイキャスに招かれてもいないのに入ってきてコメントし、その後自身が開いたスペースで、件のツイキャスコメントを「便所の落書き」呼ばわりしたのだ。このことを重大視した海B氏は、それをSNSで訴え、いまだに固定ツイートを変えていない。ちなみに私は「便所の落書き」の一分子だったが、たとえ便所の壁であっても私が書くことはフェルマーの最終定理や論語くらいの価値があると思っているが。
ここで問題になるのもやはり立場であり、足立氏は国民の代表たる国会議員であると同時に、処分中であるとはいえ現役で所属している日本維新の会と言う政党の構成員だった。その立場にある者が、よりによって維新支持者が中心となるコミュニティーで「便所の落書き」呼ばわりするのは、完全に分別を失っていると言える。
私人にも私人なりの立場はある
ツイキャス主であった海原Y山氏も、彼は彼で開催者という”立場”で、自分のツイキャスに集まってくれたコメント主の名誉を棄損されたことは看過できようはずもない。彼の固定ツイートは誰に見せているかと言えば、維新の執行部だ(本人の確認を取った訳ではなく私の勝手な見解として)。
海原雄Z氏と言えば、維新界隈の中ではかなりのインフルエンサーであり、選挙候補者や現役の議員さんとも多数スペースなどで対談している。維新の幹部がこの騒動を知らないはずがない。にも拘わらず、何らリアクションを取らないと言うのは由々しき事態と言える。
もっとも、直接対応しなければいけないであろう当時の総務会長である柳ケ瀬氏は、騒動の被害者という側面もあって対応しにくかった……かもしれないが、それでも何かは言うべきだろう。仮に柳ケ瀬さんが難しいとすれば、馬場代表か藤田文武幹事長ということになるだろう。いずれにせよ、いまだに見なかったことにされているらしい。私にとって藤田氏も柳ケ瀬氏も「推し」リストに入っているが、時間とともにこのことを忘れると言うことはない。
余談だが、同じ脈絡で私は足立氏より「小ライスを皆で取り囲んでボコボコにしろ」などと言われて以来ご飯が1日3食しか食べられないのだが、これも”私”にとってはどうでも良い話だ。フォロワー数の多寡はともかくして、ブログや単独ツイキャスをやる政治垢にとって、名前を出してくれるだけでもありがたい話であり、じゃれ合いみたいなものだ。
が、私個人として全く気分を害していないにしても、党の幹部はこのことを見て見ぬふりするの?という意味を込めてさりげなくポストしたが、やっぱり見なかったことにされているらしい。
政党に必要なものは「目的の共有」と「個々の立場の認識」
度々書いているが、現在のところ音喜多駿氏に政治家あるいは政党構成員として高得点をつけるのは、その立場においてできる限りのことをやったと思っているからだ。これは他の人がそうではない、ということではなく、政調会長という役職の責任が比較的分かりやすいので「少なくとも音喜多さんは高得点」なのである。逆に、最も分かりにくいのが「総務会長」だろう。
各役職が自らの権能・責任・(本来の意味での)分際というものを意識して動くことは組織運営の基本だ。さらに政党の場合、「自分たちは何のために政治をやっているのか」という統一された理念さえあれば、その党はどんどん党勢拡大するだろう。維新が衰退した理由は、このうちのどれかが欠如していたからに他ならない。※個人の感想です。
ではこの2つの要素、「目的の共有」と「個々の立場の認識」を実現するためには何が必要か?と言うと、
強いリーダー
である。
話の枕として書き始めたが、文字数的にこの辺で。ここから本題に入りますが、投稿を分けます。


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