この記事からの続きになる。
「万博通期パス勢はズルくない!」
後日、さらに「ユニークな」Xポストを見かけた。心遣いとして投稿者や原文引用は避けるが、主旨としてはこうだ。
万博の通期パス勢はズルい!って言われるけど、通期パス勢だって努力している。私なんかサウジアラビアレストランに入れたの6回目だぞ。
久しぶりに開いた肛門が塞がらなくなって便通絶好調。
「お目当てのレストランに入れたのが6回目」ってことは、アンタ通算何回万博行ってんねん!?
そもそも当該アカウントは、どういう立場から誰に対して主張しているのかよく分からない。
大阪近郊に住んでいて同じく大阪近郊に住んでいる非通期パス勢に対してなのか、遠方に済んでいるにも関わらず通期パスユーザーであり、近郊の非通期パス勢に対して言っているのか、あるいは近郊……(略)
賛同するリプの中には「ズルい!なんて言うのは甘えだ。私なんぞ300km以上離れているが通期パスで~」などと言う遠方客もいるからややこしい。
なんにせよ、だ。「ズルい」って言われて反応しきゃならんのか?いや、反応するにしても「ワタシ、エライ♪」的なことを書かなきゃならんのか?
私自身、電車賃数百円で行ける近郊通期パス勢だが、「ズルい!」と言われりゃ、「運が良い」に置き換えて「仰る通り、私はあまりに幸運でした」と答える。
当該アカウントの言うような「正攻法」だとか「努力」なんてのは近郊住民だからできるのであって、東京に住んでいたら時間、金銭の問題でほとんど無理である。
リハック高橋氏の勇気ある指摘
で、だ。
万博にはすでに1千万単位の来場者があるんだから、中にはガキやバカがいたって当然だ。問題は、この手の発信が維新支持者から肯定的脈絡で回ってくるという現実である。
ここで一度違う話を持ってくる。
「東京人は関西が嫌い」リハックで高橋さんがしっかり言ってくれたね。私もずっと言ってるけど、維新はソースの臭いを取り除かないと全国に広がっていかない。
「俺だったら大阪都構想なんて言わない」これが素人さんでも分かる当たり前の政治センス。 pic.twitter.com/ZqSqGe5I37
— 小ライス (@shorice_hitotsu) June 15, 2025
これは6月に配信されたネット番組『ReHacQ』の日本維新の会・吉村代表出演回の一部を切り取ってポストしたものだ。おかげさまでインプレは200万を超えたのだが、その割にいいねが約1800と控え目。まあ、そのいいねだって、どれほどの人が私の趣旨に共感したのかも分からない。
なんせこの手の話は漫才のネタにすればテッパンと言うほど皆が深く頷いたり反発したりする話題だ。実際にこのポストに付いているリプや引用コメントも「大阪クソ」だの「東京がなんぼのもんじゃい」といったものだらけで、ガラの悪いケンミンショー状態だ。
「嫌われている」は「好かれている」でもある?
改めて説明しておく。
私のこのポストは、「大阪は嫌われている」と言うのが《大前提》になっている。「いや、私は大阪大好きだ!」って人も多いが、そこはどうでも良い。「好き」も「嫌い」も、その理由は同じだったりする。要するに、そこに個性や特異性があるから好かれたり嫌われたりするのである。
大阪(関西)が《絶対的に》嫌わているのなら、明石家さんまやダウンタウンをはじめとする上方芸人の全国的な活躍などあり得ない。最近だとついに、全国ネットである午前の情報番組『ラヴィット!』の司会を関西の芸人である麒麟・川島が務めるという快挙を果たした。
我々……あ、私は関西人なので、ここは「日本人」と言うべきか。日本人は好む・好まざるに関係なくテレビから関西弁を聞く。と言うことは、少なくとも関西人が絶対的な嫌われ方をされずに受け入れられているということでもある。
ただ、好きと嫌いは紙一重であり、「エンターテイメントなら良いけど政治で大阪はちょっと」なんて人も多い。もちろんこういう感想はあくまで感覚であって論理ではない。が、政治を動かすためには1票もらう必要があり、その1票には「感覚票」とか「論理票」なんて区別はないのだ。
関西人は自身の特異性を認めよ
私自身関西人ではあるが、もし自分が関西以外で生まれ育っていたらと想像すると、迷わずに「好き」とは言わないだろう。ざっくりとした印象で大阪圏という文化を表するなら「派手な辺境の地」かもしれない。※断っておくと、私は愛郷心だとか愛国心とかをほとんど持ち合わせていないちょっと変わり者ではあります。
昔の映画やドラマや漫画なんかでは、「他人の心に土足で入ってくるデリカシーのないヤツ」「ガラの悪いヤツ」「面白いヤツ」「お調子者」こういった役割でデタラメな関西弁を使う関西人が出てくることが多かったが、そこは多少大げさに表現されているものの、決して間違ってはいない。仮にそれが真実でないとしても、一定レベル、そういう風に思われているのは間違いない。
リハック高橋氏は、皆が遠慮して言わないようにしていることを言ってくれた、大阪人や維新にとって非常にありがたい人なのだ。
他者否定を伴う自己肯定
これはあくまで架空のお話だが、例えば、こういう大阪の維新支持者がいたらどう思うだろうか。
「教えたるからよう聞けや。大阪はボロボロの状態から変わって今発展しとんねん。ただの埋め立てた空き地で今万博やってんねんで!?大阪人は自分で変わろうとして変わったんや。大阪人は頭ええさかいにな!東京人みたいなアホな連中にこの大阪の改革がどんだけすごいことか分かるにはまだ半世紀はかかるやろな。さあ~~、この改革を全国に広めていくで~~大阪のノリでな~~!!
えっ、大阪が嫌わてる!?なんでなん?」
も・し・も、だが、こんなヤツがいたら私なら「いや、お前のせいじゃボケ!」と全力でツッコむだろう。
重ね重ね断っておくが、こんな発信を誰かがしたわけではない。が、私の目から見れば一部にこれに近いノリはある。この架空の発言はそれをカリカチュア化(誇張)したものだ。
「大阪がよそから嫌われるなんて勝手に決めつけるな」って人もいるだろうが、たしかに決めつけかもしれないが、私は確信を持っている。敢えてソースを挙げるなら、

こういうのもある。赤く塗られた部分が「大阪を苦手としている」都道府県だ。
引用元サイト:
さて、高橋氏は元テレビマンであり、こういったイメージに基づくマーケティングが得意な人だ。その人の「僕なら”大阪都構想”なんて言わない」という言葉は重い。私でも言わない。
この指摘に「大きなお世話じゃボケ!東京の方が嫌わとるわ!高橋、お前は関ケ原からこっちに来るな!お好み焼きも一生食わしたらへん!」なんて反応(架空の発言です)をしているヤツはアホとしか言いようがない。
「好かれる努力」はやって損がない
この話はどんどん続くが、文字数を考慮してこの辺で一旦まとめて記事を閉じたい。
「好き」と「嫌い」は裏返しであることが多い。大阪に対する他地方から見た印象はまさにそれだ。
お笑いにおいては、好きである人の方が多い。
人付き合いにおいては、好きな人も嫌いな人もいる。
政治シーンにおいては、感覚的に反発してしまう人が多い。
「東京の方が嫌わとるわ!」は、「感情的現状是認」であり何の解決法も提示できないので、「打つべき次の一手」「今すべき努力」が得られない。
「そもそも大阪は嫌わていない」と言うのは、私から見れば「は?」だが、私も客観的証拠を示すことができない以上「ああ、そうですか」としか言いようがない。
ただ、「より良いイメージを持たれる努力」はやって何の損もないことだ。
つづく。




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