維新支持者を辞めてから気負うことがなくなって楽にはなったが、一方でそれは使命感みたいなものもなくなったということであり、何かを発信する意欲というのも随分薄れてきた。かつては「維新のため」が「日本のため」であり、その維新のために書く何かは直接的には7割が維新支持者、3割が政治に興味を持つ誰か、という感じか。
想定していた主たる読者だった(であろう)維新支持者がどうも臨界点を突破したらしいので、そこからのブログは違う読者を想定しなければいけない。それでも維新にまつわる話を書くということは、政治史において維新が果たした役割が良きにつけ悪しきにつけ、極めて重要なものであり、これから改革を目指す政治家・政党にとって維新と言う新興改革派政党のモデルが何よりの教材になるだろうと思っているからだ。
さて。ここからは、自分の目に映った維新がどういうものだったかをだらだら書き連ねていくつもりである。
日本の閉塞感もいよいよ臨界点に達しようとしていた時代
時は2008年、日本経済の「失われた10年」もそろそろ「20年」になろうとしていた折、にわかにメディアが行政の闇を取り上げ始めた。私がよく憶えているのは、テレビ朝日の『TVタックル』である。「市バスの誘導をするだけで年収1000万円」というセンセーショナルな事案が取り上げられた。
いくら政治観・経済観の鈍い国民でも、20年近く失われているのはおかしいと気づき始めたのだろう。バブル崩壊による不景気は一時的なものではなかったのか、と。気づけば真後ろに中国の影。この2年後のGDPで日本はついに中国に抜かれることになる。日本人は、経済後進国になりつつあることを肌で感じ始めていた。
ただこの感覚も鈍かったのは、デフレという状況が一般庶民にはかなり心地よかったからだろう。なんせマクドナルドのハンバーガーが59円、牛丼は240円にまで値下げされていたのだ。さらに前世紀末から始まった100円ショップブームは「え、こんなものまでたった100円で買えるの!?」という驚きの連続であった。給料は上がらなくても物価が安いためにそれなりに暮らしやすかったのだ。
ただし、デフレで物価が安いという状況は、長期的には国の経済を疲弊させていく。なんせ、物価が安いのは海外の材料や人件費が安いためであり、それらの商品を買うたびに日本の富は海外へ流れていくのだ。その安い商品を作っていた国は経済力を身につけ、為替レートに反映される。気づけば、円安(正確には日本の労働力安)で今日本人は慢性的物価高に喘いでいる。
2008年、橋下徹が政界デビュー
さて、そんな時、歌手・やしきたかじんの暗躍(?)によって政界に送り込まれたのがあの橋下徹である。政界と言っても国政ではなく、大阪府だ。たかじんも日本を何とかしたいというよりは、悪徳政治家と癒着した企業や団体に蝕まれる大阪を何とかしたいという思いだったのだろう。橋下徹は6億円と言う年収を捨てて、大阪のホワイトナイトとなった。
私が政治に興味を持ったのは橋下徹がきっかけだ。それまでネットで様々な形で政治や社会問題について議論をするのが趣味ではあったが、実は政治について詳しいことなんて何一つ知らなかった。地方政治の具体的な課題など興味もなかった。だが、感覚的に本質的な問題は見抜いていた。官僚と利権に支配された政治が日本を良くするはずがない、と。
橋下徹はそのぼんやりした疑念や不安を具体化し、解決への方法論を構築し、実行した。その舞台は大阪と言う巨大な地方都市ではあったが、そこにある問題は日本全体が抱えるそれの相似形そのものだった。
政治を有権者の手に戻した橋下徹
橋下徹が大阪府知事としてやったことは、徹底したポピュリズムだった。ただし、そのポピュリズムとは迎合主義のことではなく、「府民を刮目させ、民意を醸成させるポピュリズム」だった。「昨日と同じ今日があり、今日と同じ明日が来る」と現状維持バイアスの縛りから脱却できない大阪民に「目を覚ませ!ドアホ!」と平手打ちして回ったのだ。
たしかに、昨日と今日、今日と明日ではほとんど変化がない。だが、厳密に計測すると何かが少しずつ変化をしている。そしてその変化は決して良いものではない。それが10年続くとバカでも分かる変化となるが、その時には無責任なバカは「誰がこんな日本にした!悪いのは政治家だ!官僚だ!」と政治と自分を彼我の関係において嘆き、喚くだけだ。橋下徹は府民に政治の基本中の基本を教えた。すなわち、「政治は政治家の所有物ではない。政治の主役はお前らや!」と。
言わば、これがまだ影も形もなかった維新という政党の「エピソード0」になる。
政治家・橋下徹の価値を分かっていない大衆
さて、話は脱線するがひとつ大事なことを記しておく。タレントやスポーツ選手が政治家になる場合、基本的には本業では落ち目になっている人が多い。要するに、再就職先としての政治家、である。ところが橋下徹は、現役バリバリの弁護士(事務所経営者)であり、文化人枠としては無敵の人気絶頂タレントでもあった。当時の年収は6億円とも言われる。
政治家としての橋下徹を語る際に最も重要なポイントは実はここで、蒙昧な多くの大衆にとっては盲点となっている。どういうことかと言えば、社会で成功している人にとって政治家になるインセンティブなど本来はないし、またその生活は政治への依存度が低いため、政治がどうなろうと知ったこっちゃないのである。橋下が安全に人生を謳歌したいのであれば、タレント弁護士としてテレビに出続ければ、チヤホヤされて大金を稼ぎ続けることができる。また、一般論として、金持ちには移住の選択肢があり、日本の政治が気に食わなければどこぞの芸人崩れのようにシンガポールにでも引っ越せば良い。
それをわざわざ、橋下徹はよりにもよって大阪府知事となり、本気の改革をやってのけたのである。その改革は、マスメディアも報道を憚るような逆差別利権にまで及ぶ。日常的に殺害予告が届いていたと言うが、実際かなり危ない生活だったものと思われる。
正しい判断ができない民主主義のジレンマ
「そのくらい知ってるわ!」と現役維新支持者は言うかもしれないが、彼らのほとんどは分かっていない。分かってないから、このような的外れな批判をしてくるのである。
「維新の大阪での実績は~」を根拠に私の維新批判への批判を展開するのだが、大阪での実績がとてつもなくすごいことだったからこそ、それを軽薄に扱う今の維新を私は批判しているのである。
OBである橋下氏や松井氏に現役が苦言を呈されると「OBはだまっとけ!」などと言えるのもまた分かっていない証拠だ。反論はその発言内容にすべきであって「OBはだまっとけ!」などというやり方は小学生の喧嘩レベルだ。褒められてる時にも同じように反応していたらそれなりに説得力もあるが、その時は喜んで「さすがは松井さん♪」などと言ってたくせに。
ここでさらに尖ったポイントを挙げるとするなら、成功者は頭が良いということであり、頭が良い人は頭が悪い人には見えない光景が見えているということだ。具体的には、過去から学んで未来に活かし、複数の事象を有機的に繋いで抽象化(本質の抽出)をし、木を伐りながらも森全体を俯瞰して見ている、のである。バカは昨夜食った夕飯までしか記憶が残っていないので、明日の予定までしか立てられない。木を伐ることに夢中になると森全体が見えなくなる。だから平気で矛盾するようなことも言えるし、自分たちがいかにみっともない姿をしているかも分からない。
社会における「政治」という営みは、その額面どおりにはなかなか機能しない。それは、社会の道理がよく分かっていない平均以下の人達にこそ政治の重要度は増すのに、政治に興味を示す人の多くがその平均以下に属しているため、正しい判断ができなくなるという、「民主主義のジレンマ」が存在するからだ。
頭の良い人にとっちゃ、「なんでお前らのために頑張ってるのに、罵倒されなきゃならんのだ。やるだけ損だから政治にはなるべく近づかん方が良いな」となるわな。







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