の続き。
……を書くだけ書いて温めておいたら、その後もいろいろありすぎて腐りかけてきたので、とりあえず送信しておく。
2019年池田市長選を批判していた吉村さんは偽者!?
身内やOBですら批判に回ったこのダブル選挙、ライバル政党が黙っているわけがない。「準備期間が短すぎる」と猛批判があがった。それに乗じて、国民民主党・足立康史議員らなどから、以下の動画が掘り返された。
維新吉村の二枚舌がよく分かる動画ですね
池田市長選→準備期間12日
今回のダブル知事市長選→準備期間6日吉村「むちゃくちゃ!『もっと早く言ってよ』と
何がズルいかってったら、市民の皆さんに選択肢を提案してない」吉村、どの口でゆうねーん🫱😂#吉村横山ダブル落選運動 https://t.co/qzWFZJmaSe pic.twitter.com/BiZA2l5fll
— ふっちゃん@anti-racism (@ashitawawatashi) January 22, 2026
2019年の池田市長選挙は、現職が息子に「禅譲」するための辞任に際して行われた極めてゲスいものだ。その準備期間はたったの12日間。実質的にライバル候補を封じるようなやり方で、「合法ではあるが民主主義の質を著しく低下させる」行為である。そりゃ吉村さんだって怒って当然だ。
だが、今般の大阪ダブル選は(府知事に関しては)その準備期間はなんと6日間。さらに自治体の規模は、池田市と比較して大阪府市は24倍にもなる。単純に、吉村・横山両氏は、池田市長選の48倍くらいの倫理違反を犯したことになる。
ところが横山さんは維新に向けられた批判に、
「政治家なら準備しておくべきだ」
と反論したのだ。では池田市長選批判をした当時の吉村さんのことはどう評価しているのだ?6日間が「準備できて当たり前」なら、その倍もある12日間は何の言い訳もできないはずだ。さらに、「政治家なら」と言うが、あらゆる選挙において現・民間人にも政治家になるための門戸は開かれていることになっている。今サラリーマンや会社経営者で政治家を志望する人がいたとして「1週間後に選挙します」と言われて対応すべきだと本気で思っているのか?
「選挙は政治家が出るべきもの」などという考えは「政治屋」という維新が強く否定すべき邪な観念に染まりつつあるということではないのか?
この池田市長選批判への批判について、反論する維新の政治家や支持者をまだ一度たりとも目にしたことがない。
民主主義が完成することはない
いわゆる先進国においては100%「民主制」を採っている。ところが厄介なことに民主主義が完成することは永遠にない。適正な議員の数や任期、それ以前の統治機構の階層や平面的区分、こういった問題に正解はないのだ。
また、選挙と言うのは任期満了や政治家の死去・事故などを除いて、ほとんどの場合いつ選挙をするかを現為政者が決めることになる。例えば衆議院解散や辞職である。特に今回の衆院解散は、なぜか今更ながら「そもそも七条解散はアリかナシか」みたいな議論が醸成されたが、今最も権力を持っている者が選挙のタイミングを自在に操れるというのは確かにおかしな話ではある。
こういった議論が生じるのは、民主主義が常に不完全であり赤子を抱くような手で扱うべきデリケートな理念であるからに他ならない。
維新の信……いや、支持者の中には「前から民意を問うって言ってただろ!」と、もはや正気とも思えないような論理でダブル選の正当性を訴える者もいるが、「どのタイミングでやるか」など吉村氏は言っていない。せめて「近く衆院解散があるならそれに合わせて辞職する」という発信はあってしかるべきだ。それすらしないのだから、「不意打ち選挙」と言われても仕方ないし、その行為は民主主義の蹂躙と批判されるべきものだろう。
吉村さんは謝ったら◯ぬの?
この話をするなら、さらにその前段階の話もしなければならない。吉村氏は、「3回目の都構想住民投票をするにあたっては民意を問う」とは確かに言っていたが、「3回目を自分が挑戦することはない」という発言についての前言撤回や謝罪などはしていない。
かつて読売テレビに出演した際、野村明大アナウンサーにそこを突っ込まれて「では3回目をやる時はゴメンナサイするんですか」と何度も聞かれたが、吉村氏は「はい」とは決して答えることなく、「ですからそこは民主的プロセスを採る必要があると思います」を繰り返すばかりだった。
支持者はなぜいつもの「謝ると死ぬの!?」というツッコミをしないのか。
吉村氏が大きな認知錯誤をしているのは、「過去の発言を撤回すること」と「民主的プロセスを採る」ということが全くの別問題であることを理解していない点にある。吉村氏の論理は、逆に言えば、「選挙で当選さえしてしまえば嘘をついても良い」と言ってるようなものだ。
こういった「スジを通す処理」の一つひとつの積み重ねが「信頼」になるが、それができていないので吉村氏にはミーハーファンしか付いてこない。
陳謝の理由が「僕だけだとポスターも貼れない」から?
皆さんご存じのように、(吉村氏にとっては)予期せぬ維新大阪市議団の反乱で、吉村氏は「陳謝」することになった。しかしここでも吉村節が炸裂する。
「僕一人ではポスターを貼ることもできない」
いや、問題はそこではないだろう。「自分一人ではポスターも貼れないことに気づいたのでゴメンナサイ」と言うのは、どこまで行っても自分都合の話でしかない。ここでの問題は「誰かと誰かの個人的な信頼関係」の話ではなく、大阪市議という有権者の思いの依り代を無視して何が「民主的プロセス」なのだ!?という点だ。
吉村氏は様々なシーンで物事の道理が分かっていないことが垣間見えるが、この件においてもそうだろう。この言い草だと、維新大阪市議団は「大阪に必要な民主主義の接続端子」ではなく「自分にとって必要な雑用要員」でしかない。とは言え、もし分かっていたとしてもそれを認めるわけにもいかない。認めてしまえば「横山市長と揃って辞意表明したは良いが、立候補は取り止めます」というのがスジになるが、もちろんそんなことができるはずもない。
これをズレていると認識できないのが、今の維新支持者である。
多分つづく。




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