「維新」は今後どうするべき?

政治・経済

大阪維新と日本維新

私が今支持している政党は、自民党、維新、N国(現在の正式政党名は「NHK受信料を支払わない方法を教える党」ですめんどくさ)の3つです。

この3政党を同時に支持している人が私の他にどれだけいるのか分かりませんが、私にとっては同じカテゴリーに入るのがこの3政党なんです。そしてそのカテゴリーとは「改革政党」であるということです。

自民党は思想的に「保守」とされていますが、本来は憲法改正という「改革」こそが結党理念です。N国は言わずもがな。NHKをぶっ壊すのは日本にとって避けては通れない改革のはずですが、他の党は一切と言っていいほどそれを口にしません。賛否両論あるも、N国(立花孝志代表)はそれを法的根拠を明確にした上で主張しているので、私は支持しているのです。

さて、残った「維新」ですが……「維新」とは何でしょうか?略さずに言うと…?「大阪維新の会」?それとも「日本維新の会」?

……というのがこの記事の主題です。

と言ってもド素人のざっくりとしたイメージでしかありませんから、以下ご覧頂けるならそのつもりで。

 

通常、政党における中央(国政)と地方の関係というのは、前者が親で後者が子、中央が「主」なら地方が「従」となります。

「維新」が変わっているのは、「大阪維新の会」という地方政党こそが出自であり、国政の「維新」は後に派生した組織、つまり中央/地方の関係が通常とは逆というというところです。

かの森喜朗氏からは「たんつぼ」とまで言われた日本の穀潰し都市・大阪を改革すべく生まれたのが大阪維新であり、その手段として法律をいじる必要もあったので、「日本維新」が生まれる必然性がありました。つまり、日本維新は大阪維新のサテライト組織だったわけです。

 

日本維新の会とはどんな政党なのか

では、大阪と関係のない人にとって「日本維新」とはどういう政党なんでしょうか。多分、多くの人にとっては「何のイメージもない」か、あるとしても「自民党の補完的支党」ってな感じでしょう。つまり、元々大阪のために生まれた国政政党なので、大阪に付随しない維新は存在感が薄くなってしまうわけです。

んで、私がなぜ維新を支持しているかと言うと、「おそらく最もまともな政党だから」です。言い換えると「ちゃんと機能している野党」なんです。

思想的に自民党寄りである維新は「与党でもなく野党でもない“ゆ”党だ」などと表現されますが、実のところ日本に「野党」なんて存在しないのですよ。維新を除くと、政治集団としては自民党のみが存在するのであって、それ以外の政党は、「国会を空転させる」「日本の景気を悪くする」「日本を弱体化させる」ことを行動原理とした破壊工作組織でしかありません。そして実質的な与党も野党も自民党内に存在し、我々はその中から「誰」もしくは「何派」かを選んでいるという点において、55年体制の半分はいまだに続いているわけです。

その自民党がしっかり政治をやり、自浄作用がまともに機能しているなら、ハッキリ言って他の党なんて要らないんですが、バブル崩壊とその後の無策、さらにインターネットという大革命による産業構造の変化に対応できず、日本は大きく弱体化しました。そこで一旦、民主党に政権をゆずったものの酷い有様。結局、皮肉にも、日本には自民党以外に政党が存在しないということを証明してしまった形です。

しかしそれでも野党はそこから何も学習することなく、ただただ自民党のやることに反対、「アベ政治を許さない!」「スガやめろ!」を繰り返すばかり。自民党の支持率が落ちても、野党の支持率が上がらないという、訳の分からない状態が長年続いているわけです。

 

あれ……このままいくと「橋下イズム」の話になって、この記事6000字を軽く超えちゃうことになりそうですが……できるだけ端的に。

 

(途中すっ飛ばして)ともかく、国政維新が進むべき方向性は「本当の野党」ではないかと私は思います。

 

維新とは橋下徹のことである

さて、維新と言えばその起源は浅田均と松井一郎を中心とした言わば「自民党の派生政党」であるわけですが、私の見るところ、本当の意味で維新を作り上げたのは橋下徹だと思います。

その橋下徹は何をやったか?「メディアで目立った」?ええ、それは間違いないし、維新が飛躍した要因でもあるんですが、橋下徹の価値を語る観点からはいささか大雑把です。

橋下徹の特長には、

恐いものなしの猪突猛進性

超人的な頭の良さ

の大きく2つの要素があると思います。この2つの要素は普通トレードオフの関係で、つまりどちらかを持つ人は、今ひとつの方は弱くなりがちなんです。例えば小泉純一郎なんかは猪突猛進型ですが政治も経済もさっぱり分かってなかったなんて言われています。橋下徹はその2つを併せ持つ稀な人物です。猪突猛進型はいつかどこかで木に激突したりするものですが、超人的な頭の良さを持ってるもんだから、邪魔な木はなぎ倒し、壁があれば砕いて穴を開け、敵がいれば即座に首を跳ね、突き進んでいけるわけです。その勢いが所謂「維新旋風」を巻き起こしたのでした。

より注目したいのは「頭の良さ」の方です。

彼の思考法は、論理的に考えるべき領域と価値観に依拠する領域を区別するというものです。

ふんわりイメージで説明するなら、例えば、

3+7=10

という計算は普遍的なものであり、答えが変わることがありません。あるいは、

3<7

という結論も普遍的であり、議論の余地がありません。

※ここで頭の悪い連中および邪な連中は、「字が汚くて7が1に見える」だの、0をトリミングして「橋下は3+7=1などとアホなことを言っている」だの「3と7を比較するなんて人間としてどうかしてる!」などと喚いてジャマするわけです。

しかし、

成功する確率は10%だがリターンは10

成功する確率は80%だがリターンは1

この2つを選択するような場面においては、これは価値観の問題だからと有権者の声を聴くわけです。

 

この「普遍的な論理」と「情緒や価値観」を切り分ける作業をすることは、頭の良い人……というより、まともに考えられる人なら当たり前のことなんですが、まー多くの人はできないんですよ。で、橋下徹のように丁寧に整理してくれてもそれを見ようとしない。橋下徹ファンや維新支持者の中でもこの思考法を意識できている人はどれほどいるでしょうか。

浅田氏や松井氏が当初、具体的にどんな理念を持っていたかは知りませんが、結果として今の維新のカラーは橋下徹が作り上げたものであり、今後もその道を進むべきだと認識しています。

 

行きつくところは「維新の党是とは?」という問題

さて、なぜ橋下徹の話を挟んだかと言うと、国政維新のこれからを考えた場合に橋下徹というモデルが欠かせないからです。橋下徹が国政に出なければいけない、ということではありません。

ここで一旦、問題の根本に戻ります。

コアな維新サポーター同士のお話は私の知らないミクロな情報を得られるという点で非常に貴重なのですが、どうしても話が内向きになってしまうという嫌いがあります。

私が特定政党を支持する際、「自民だから」「維新だから」「N国だから」支持するわけではありません。「〇〇だから自民」「〇〇だから維新」「〇〇だからN国」、を支持するのです。

内側の話は「〇〇」がボヤけてしまいがちなのです。

 

この問題を分かりやすく言い換えると、

そもそも国政維新の党是ってなに?

ってことなのですよ。

「身を切る改革」は大事ですよ。でもそれは調味料であって食材ではありません。超高級な岩塩を使っていても、有権者はそれが「肉なのか魚なのか野菜なのか」の方を見るため、アピールする要素としては貧弱なのです。バブル崩壊以降はむしろ「政治家は多少悪いことしてくれても良いから日本を立て直してくれ」という人の方が多かったくらいでしょうし、だから「田中角栄待望論」なんてのも出てきたわけですよね。

 

では国政維新の党是って?と言うと、維新八策というものがちゃーんとあるわけです。

https://o-ishin.jp/news/2017/images/Manifesto_WEB_low_1001_confidential.pdf

改めて中身を見るとどれもこれもまともなことばかりです。れ〇わ新選組のようなトンチンカンなことも書いていません。

 

安心、安心♪

 

……とはならないんですね。まともなことを言ってても党勢拡大には繋がらないんです。自民党なんて見てください。党是である憲法改正なんてもはやなかったことにされる勢いですが、それでも支持されています。

それは自民党が政治をやることはすでに当たり前の日本文化であり、加えて野党がとんでもない無能だからです。マスコミは概ね反自民の姿勢で報道するものの、それはイコール、メディアに露出されるという最低限の条件をクリアさせてもらっているということに他なりません。

では維新は?というと、メディアに出まくるのは大阪維新の吉村知事と松井市長ばかり。国会で質問する維新議員を見るのなんてマニアだけです。

 

国政の党勢拡大の方法は?

じゃあ一般論として国政で飛躍するにはどうすれば良いか?と言うと、能動的にやる分においてはこれと言った方法がないんですよね。かつて民主党が政権を獲れた時は、まだ民主党そのものに新鮮なイメージがあったこと、メディアがこぞって民主党を持ち上げてくれたこと、小泉さんの首相辞任後の自民党政権はどーにもバイオリズムが悪く良いところがなかったということなどが複合的に作用しました。

つまり、内的要因を揃えたところで外的要因がないと新興政党が大きく飛躍するというのはなかなか難しいわけですよ。それでも外的要因がそろった時のために内的要因を準備しておかなくてはなりません。虎視眈々とね。民主党の場合だと、最も重要な内部要因である駒だけは揃っていました。

ほいじゃ、駒以外の面で(あるいは駒を揃えるために)内的要因はどうやって作り上げていけば良いのかって言うと、それが「橋下イズム」の徹底だと私は思うんです。少なくとも私は、維新に橋下イズムの血が流れているであろうという期待があって支持しています。

少し具体的に言うと、橋下徹の恐ろしさは「王様は裸だ!」と言えるところにあります。合理的に考えるべき領域は徹底的に理屈で考え、論理的帰結として「こんな組織は要らない」「こいつらは給料もらいすぎだ」「税金が利権の肥やしになっている」「ク〇教育委員会め」と蹴散らかしていくわけです。

これは「分かりやすい橋下イズム」の話で、「分かりにくい橋下イズム」が先述したような思考法です。つまり論理領域と非論理領域を区別してそれを有権者に提示する、と。しかし困ったことに、これをやってくれることのありがたみを実感するには、有権者の方にもある程度の知的レベルが問われます。維新が橋下イズムをもって真っ当に成長していくには、有権者を啓蒙するという作業を伴うわけです。

 

あとは各メンバーのキャラクター性なんですが、これってなかなか鍛えられるものではありません。足立康史議員や音喜多駿議員は極めて有能な政治家だと思っていますが、キャラとしては弱い。音喜多さんはまだ若いのでこれから期待、足立さんは標準語と関西弁の使い分けがヘタクソでイヤラシさが前面に出てしまってるのでどっちかに統一しましょう。

そんなことはどうでもいいか。

 

えーっと、ここから一旦「平均的な国民の政治観」に立ち戻った後に橋下徹の政界復帰の可能性の話に行きたいのですが、急速に疲れてきたし文字数も4000超えてるんで、とりあえずここまで。

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