藤田騒動は個別案件としては全くのシロ
軽減税率が適用されている極左政党機関紙『しんぶん赤旗』による、日本維新の会藤田文武共同代表の秘書会社への「税金還流」問題について。
私から見てこの問題は、【個別案件としては】シロである。ポイントは、
1.選挙のためのポスター印刷などの費用は、どっちにしろ必要な出費であって、わざわざ名目を作って追加の経費計上ができるものでもない。
2.政治家として当然に必要な業務であれば、一般的に相場も明確であり、適正か不正かの判断は容易にできる。
3.ポスター作りという定型的な業務は、仕事が速くて確実な業者を選ぶのは合理的である。
政治家である以上、ポスターは作らなければいけない。あとはその費用を「誰(どの業者)に支払うか」だけの問題だ。ここでテキトーな名目を作って実態に見合わない高額料金設定をしていれば、脱税と同じやり方で「税金還流」と言われても仕方ないだろうが、それが相場相当のものであれば何も問題はない。そしてその相場はいくらでも比較対象があって、曖昧にはなりそうにない。また、政治家にとっては定型的な作業となるポスター作りは、慣れていて信頼のおける相手に頼みたいのも当然だろう。特に、クライアントの好みに合わせたデザインや面倒なカスタマイズ、料金交渉をすっ飛ばせるというのは大きなメリットだ。
ここまでが個別事案としての話であり、そして問題はない。ここから先は、この事案を「どう一般論化するか」という話になる。
橋下徹の暴力的一般論化
藤田氏自身が何度も言っているように、『しんぶん赤旗』は報道機関ではなく、日本共産党という政党機関紙であり、その内容は実質的「政敵の追い落とし」という目的を持つことは明らかだ。
だが、だとしても、それとは別に、指摘されたことについて一般論化は必要だとするのが橋下徹氏であり、それはそれで必要な視点だ。本件は個別案件としては問題がないが、これが藤田氏でなかったら?明確な金銭的利得を得よう、あるいは得させようとする意図があったら?橋下氏のこういった原理主義的な思考回路については、私が普段から言う「維新とは何ぞや」を再確認する好機を与えてくれるものだとプラス評価している。ただし、
それで済んでいれば、
だが。
橋下氏は今回の事案全体を指して「マネロン」、収入印紙の貼っていない領収書を「脱税領収書」という刺激的なワードに変換し、糾弾する。さらには「藤田さんは大阪の改革を知らない」という本人にはどうしようもないことまで追加する。
まず「マネロン」だが、その業務に相場どおりの料金設定がされていればマネーロンダリングなんかやりようがない。そしてその相場は「消費者が支払う額」であって、どのくらいのコストをかけてどのくらいの粗利が出たかなどはその会社次第であり、全く関係がない。橋下氏が「粗利を出せ!」と言うのは難癖でしかない。
「脱税領収書」とは印紙が貼られていない領収書のことだが、「脱税」には”意図”が必要である。当該領収書の印紙については、「故意に貼っていない」のか「怠慢による貼り忘れ」なのか、はたまた「電子領収書を発行した後に、記録用に紙の領収書を発行しただけなのでそもそも印紙が要らない」のかは現時点では分かっていない。
「大阪の改革を知らない」という発言は、ドラクエで言う「いてつくはどう」みたいなもので、創業者がそれを言ったらおしまいである。もはや維新の中で大阪の改革を生で知る者は圧倒的少数派だろう。次から次へと新しい人材が入ってくる中、何かあったら「お前らは大阪の改革も知らんくせに」と言われたらたまったものではない。「お前なんぞ議員すらやったことないではないか」とでも言い返すか。
えーっ!橋下徹は講演報酬として何千万円ももらってたですってーっ!?
改めて言う。橋下徹の原理主義的視点は重要だ。だが、糾弾にあたっては思い切り、思い込みと好き嫌いを出してしまい、「言動」ではなく「人物」の評価にすり替わり、どんどん明後日の方向に向かってしまう。読み手である我々も、橋下氏が提示する「理念」と「現実問題」はしっかり区別しなければならず、氏の言うことに一理は認める一方で、糾弾そのものを目的とする(と思われる)「理念」と「現実問題」を転換させるような言論を信じてはならない。
橋下氏は橋下氏で、
橋下徹氏の維新での講演。2020年には総額3400万円。
ふむ、それでも良いと思うよ。橋下さんの講演には価値があるし、維新党員だって勉強になる。た~~~~だ~~~~!
藤田共同代表をボロクソに叩く棒は、自分や当時の維新幹部には向けないの? https://t.co/Dj9BurVf1X pic.twitter.com/zorK7ab25a
— 小ライス (@shorice_hitotsu) November 1, 2025
このような事実があるのだ。
3400万円のうち「粗利」はいくらなのか?これは「公金が身内に流れている」ことにならないのか?外形的公正性は担保されているのか!?
橋下氏にまつわるこの事実が注目されないのは、藤田共同代表(維新)vsしんぶん赤旗(共産党)という対立構造の外側の話だからというだけのことだろうが、本来ならこれだって評価対象にするべきだろう。
「外形的公正性」とは
この問題が難しいのは、どこまで行っても「外形的公正性」など担保しきれないという点にある。維新にはすでに内規で、「3親等以内の者への公金支出」が禁止されている。つまり、兄弟はダメだがいとこならOKということだ。なぜいとこならOKなのだろうか?
いやいや、血縁・親戚関係のみの話ではない。秘書が経営する会社との取引を禁止するのは良いとして、では今後どうするのか?秘書でもなければ親戚・姻戚関係にもない企業を探して20年間取引が続けられたとしたら?良くも悪くもそこには大きな信頼関係が築かれているだろうし、そうなるといろんな融通も効くだろう。
じゃあ取引を固定化させるのがダメとするか?では政治家がポスターを作成する際に事業者を公募して入札にかけたりしなければならないのか?
その都度党の内規を改正していくか?だがそんなのは関係ない。モンスターOBは「法律にも党規にも違反していないからといって政治家としての倫理観ガーー!大阪の改革を知らないヤツはこれだからガーーッ!!」火を噴いて回るのだ。
あ、私は内規を改正するのは妥当だと思ってますよ。
ということで、ここまでが枕。本題はここから。
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