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ウィル・スミスのビンタ事件から見る、情治国家日本。

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ウィル・スミスのビンタ事件

ウィル・スミスがアカデミー賞授賞式で、チョケたトークでスミスの妻をからかったMCのクリス・ロックに思い切りビンタをかましたという事件。

皆さんはどう思われたでしょうか。

 

その前に。以下に示す架空の話についてちょっと考えて頂きたいんです。

ある女子大生がいました。交流のある男友達は、傍目から見ると決して良いイメージを持てないヤツばかり。ある日、親が止めるのも聞かずにオールナイトでドライブに行ってしまいました。しかもやけに露出度の高い服装で。結果、女の子は男たちの慰み者となってしまいました。さて、誰が悪いでしょうか。

考えましたか?

 

日本とアメリカで違う大衆のリアクション

では、ウィル・スミスの話に戻ります。

私の見たところ、日本のツイッタランドではスミスを擁護する声が多勢です。一方、アメリカではスミスが叩かれまくっています。

まあ、アメリカは分かりやすいですね。異常なほど差別にうるさいのは、異常なほどの差別があるからです。特に子供についての性表現や性的行為に対して異常なほどに神経質なのは、異常なほどに子供への性犯罪があるからです。今般の件も同様、アメリカでは、それだけ暴力事件があるからこそ暴力に対して厳しいのです。

じゃあ日本はその逆で、アメリカほど暴力事件がないから寛容なのでしょうか。

……というと違うんです。

単純な2択で考えてしまう日本人

まず、日本でスミスを擁護する人は、スミスのビンタを容認してしまった後の副作用のことを全く考えていません。

スミスを擁護する根拠は、

「MCの行為こそ言葉の暴力であり、ビンタは当然の報いである」

と、こんな感じです。

「でも暴力は良くないのでは?」

という反論に対しては、

「だったら妻のことをバカにされてヘラヘラ笑っていることが正しいのか!」

と、こう来ます。

つまり、彼らにとって選択肢は「殴るかヘラヘラ笑っているか」の2択しかないわけです。

「重大な問題発言があったので退席する」と言って会場を後にする、なんて選択肢ははなから存在しないようです。

 

何のために法律と警察が存在するのか

ロックの発言は極めて無礼です。言葉の暴力と言ってもいいかもしれない。

であるなら、それは犯罪行為であり、さらには民事責任も生じるわけです。日本やアメリカにはそういう法律のシステムはないのでしょうか?当然、あります。アメリカは日本よりもかなり強固に。

 

まずウィル・スミスがアカデミー賞授賞式を中座するようなことがあれば、その時点でロックには強烈な社会的制裁が下されることは確定です。その後、それでも許せないのなら、警察に通報して「侮辱罪」や「傷害罪」(言葉だけでも成立します)に問えばよろしい。さらに、民事で慰謝料を請求できます。アメリカなら相当な額になるでしょう。

スミス擁護派にはこういった公的手法が一切目に入らず、判官贔屓の浪花節に頭が持って行かれているようです。

 

じゃあ他の「当たり前」を認める覚悟はある?

何より、今回のスミスの行為を容認してしまうと、そこから別の問題が派生するということに気付いているのでしょうか。

改めて、スミスのビンタが正当である理由は何でしょうか?

「病気の妻がバカにされたのだから当たり前だ」

となるわけですよね。

私だって【共感】はしますよ。ただし、それを「当たり前」だとは言いません。言ってはいけないのです。「当たり前だ」と言ってる方々、

「女が男に口答えしたのだから殴られて当たり前だ」

「農民が大名行列の前を横切ったのだから斬られて当たり前だ」

「黒人が包丁を持っているのだから撃たれて当たり前だ」

「米兵の被害を最小限に抑えるために原爆を落とすのは当たり前だ」

これらの「当たり前」には賛同できますか?ほとんどの人はできないと思います。そして、かなりの割合でこんなことを言うんです。

「それとこれとは別問題だ!」

「極論だ!」

例に挙げた「当たり前」だって、やってる本人にとってはそれ以上の理由を説明する必要すらないくらい当たり前のことなんです。それと同じことなのですよ。

もしこれを認めてしまったら。例えば、私、小ライスの「当たり前」をあなた方は受け容れますか?私、頭の中ではいろいろ凄いことを考えてますが、覚悟はおありで?

となると今度は「お前が考えていることが常識だと思うな」と恐らくこう来るはずです。

するとこちらは「では、あなた方が考えていることが“常識”というのは誰が決めたのですか?」と問うことになります。

ではどう答えましょうか。「皆同じように思ってる。聞いてみろ」とか何とか?

実際、少なくとも日本においてはスミス擁護派が多いようなので、多数決で決めて良いならその意見の方が「正しい」となるかもしれませんね。

じゃあ、法律って要りませんね?

「正義」というものが、その時々の多数派の感情によって決められるのであれば、法律など意味がなくなるわけです。日本は「法治国家」ではなく「情治国家」になってしまうわけですよ。

 

私刑、仇討ちが認められない理由

「あっちだって言葉の暴力を使ったんだから正当防衛だ」

なんて言ってる人もいましたが、「正当防衛」という言葉の意味をご存知ないようで。「正当防衛」とは文字通り、防衛手段としてやむを得ず行使する実力のことです。スミスがやったのは「報復」あるいは「懲罰」であり、根本的に間違っています。

ではその「報復」や「懲罰」に正当性はあるでしょうか。法的にはありません。

先進国では「私刑」「仇討ち」を認める法律などおそらくないでしょう。

なぜ私刑、仇討ちは認められないのか。

誰かが悪いことをしたとしたら、それを判断するのは法、どんな刑罰に処すかを決めるのも法(司法)、刑罰を執行するのは刑務所です。個人にそれを許せば、ましてや被害者にその権限を与えてしまっては、感情からどんな判断をするか分かりません。そもそもそれが罪であるかどうかを正確に判断できる人も限られてくるでしょう。

例えば、私がスミスの立場だったとします。腹を立てて、ナイフでロックの腹を刺したとしたらどうでしょうか。多分多くの人は「やり過ぎだ」となるでしょう。じゃあビンタしに行ったは良いけど私が暴力に慣れていないために、手刀を眼に入れて失明させてしまったとしたら?こちらはそこまでやるつもりはなかったけど、結果的に失明したとしたら、その責任はどうなるのでしょうか。

 

「共感すること」と「正しいこと」は別

改めて断っておきますが、私はスミスに共感する立場です。共感は文字通り「共感」なのであって、敵でも味方でもありません。そして共感することは「それを正しいと認める」ことでもありません。気持ちは分かるし、自分が同じ立場だったおなじことをする可能性もそこそこあるだろうというだけのこと。

「共感すること」と「それを正しいと認めること」は別問題なのです。

 

1本の物差しで考えても答えは出ない

ここで2つ目の架空のお話。

ここらへんは治安が良いからと、普段から留守をする時でも家に鍵をかけない人がいました。すると空き巣に入られてタンスの現金300万円が盗まれてしまいました。この人には何万円分の責任があるでしょうか。

 

ついでに3つ目も行きましょうか。これは以前に別件でツイキャスで挙げた例です。

ある歩行者が、信号のある交差点で、青信号だから渡ろうとしました。その際、左右の確認をしませんでした。するとそこに赤信号を無視した車が交差点に突っ込んできて、その歩行者は轢かれてしまいました。さて、どちらがどれくらい悪いでしょうか。

 

なぜこんな例を挙げるのかというと、人間は「どちらが悪いか」の話をすると思考停止する人が多いからなんですよ。

慰み者になった少女、空き巣に入られた人、信号無視の車にはねられた人、これらの話をすると、例えば、
「レイプするのはレイプ犯が悪いが、少女にも隙はあった」
「鍵をかけない方にも責任はある」
とこういう答え方をする人が実に多いんですね。

これ、実は的外れだということがお分かり頂けるでしょうか。

レイプした方とされた方、悪いのはレイプした方に決まってるんです。この場合の基準は「善悪」です。

一方の少女は悪いところなど全くありません。ただ、アホだっただけです。この場合の基準は「賢愚」です。

他の2つの例も全く同じ。

つまり、ひとつの物差しを出してきて、「どちらがどれだけ悪いか」みたいなことを考えるのがバ……じゃなくて、論理的思考の苦手な人のやることであって、ここは2つの物差しを使わなければならないのです。

 

ウクライナについての橋下発言をどう読むか

「どちらが悪いか」で思考停止する絶好の例が、ウクライナ紛争についての橋下発言でしょう。

橋下徹が思考停止?いえいえ、それを叩いてる人達のことを言ってるんです。

これについては当ブログで投稿済みなので、ここでは簡単に済ませますが、橋下さんは、
「一般人(特に子供たち)の被害を最小限に食い止めるため、一刻も早く停戦させるべく政治的妥結を模索しなければならない」
と主張したのですが、私にはめちゃくちゃ当たり前に思えるこの意見も、ア……じゃなくて論理的思考の苦手な人たちにかかると
「ロシアの味方をするのか!」
「橋下は全面降伏しろと言ってる!」
「ウクライナ人の気持ちになって考えてみろ!」
となるわけです。

いやいや、じゃあ政治的妥結のなかった戦争って例えばどんな戦争があったんですか?妥結しない戦争って、どちらかの大将の首が取られるか、どちらかが一族郎党根絶やしにされるかってことになるんですよ?

橋下さんは「ロシアが正しい」なんて一言も言ってなくて、どちらが正しいかとは別問題として、一般人を救わなければいけない、その手段として政治的妥結が必要だろうと言っているだけなのです。

でもク……じゃなくて感情優位の人間は「ロシアvsウクライナ、正しいのはどちらか!」以上のことが考えられないんですね。

 

これ、簡単に言うと、「善悪の断罪」と「解決法」という全く違うものを混同してしまっているのです。アホ……じゃなくて、あ、言っちゃった、まあ良いか、アホには分からないんですよ。

 

まとめ

ではスミスの話に戻りましょう。

「ウィル・スミスのビンタって正当だったと思いますか?」

「悪いのはMCのロックだ!」

質問に対する回答になっていないのが分かるでしょうか。

 

まとめます。

●あなたの「当たり前」は他の誰かにとっても「当たり前」である保証はない。今回はあなたが多数派にいるため、正しいような気がするだけ。

●「善悪の断罪」と「解決法」は違う。

●ある事例で法を無視することを正当としてしまったら、別の事例でも認めざるをえなくなる。

●日本人は法治主義ではなく情治主義が多い。

●私はウィル・スミスに共感し同情するが、それを正しいとは認めない。それは主語が「私」か「社会」かの違いである。

 

ではまた。

 

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