言論論(2)私は言論マシーンである

その他

自分と他人で評価の物差しを変えてしまうのが人間である

今、いろいろと書きたいことがあるんですが、どこから書いて良いやら分かりません。

とりあえず、言論活動家としての私を自己紹介するようなことを書こうとは思うのですが、先日投稿したこの件から引っ張れるところを引っ張ってきましょうか。

パーマリンクのスペルが間違っていることに今気づきましたが、修正するとツイッターに貼ったリンクが無効になるので、恥をしのんでこのままにしておきます。

 

さて、この件には私が研究テーマにしているような事象が多重に含まれていて大変興味深いのですが、どこから切り取っていけば良いやら迷います。

まずは、「仲間を募って徒党を組んで誰かひとりを攻撃」という行為は、端的に言ってイジメなんですね。これはたしか元記事にも書いたと思います。

でもおそらく本人はイジメをしている自覚はないんですよ。

これが人間が持つ社会性の恐ろしさなんです。

誰かの「差別」を指摘しても、自分が「差別」しているなんて全く思っていない。

誰かの「いじめ」を指摘しても、自分が「いじめ」をしているなんて全く思っていない。

自分のやることと他人のやることで物差しを変えてしまう。だから同じことをやっても自分は正義で敵対者は悪である。これが人間なのですよ。

皆さん、野党の批判をしていますよね?「ブーメランだ!」と。

ではご自身を振り返ってみてください。あなたの持っている武器はブーメランではない何かですか?

 

私のポリシーからすると「徒党を組む」と言うやり方はしません。

 

姉妹ブログで実際にあった話

ひとつ事例をはさみます。

これは当ブログの姉妹ブログである『犬小屋』での話ですが、私は当該ブログで犬のしつけ論を披露しています。そこでは巷に蔓延るデタラメなしつけ論を俎上に乗せては斬りまくるというようなこともやっています。

ある(ペットショップ出身の)自称トレーナーが、自身のブログで、

「犬と飼い主の間に主従関係など必要ない」

「そもそも犬は群れを作らない」

といった(私から見て)キラキラ系のデタラメ理論を披露していたので、引用して反論を展開しました。それが当事者およびその関係者に見つかって、その方のブログにも再反論記事が投稿されました。それは良いのですが、その後、そのトレーナーの後輩と思われる複数の人間が一気に、私の当該記事に、「あなたは寂しい人間だ」だの「あなたみたいな人にしつけられる犬が可哀想」だの(多分そんな感じだったと思う)罵倒コメントを寄せてきたわけです。

名前は違っても全員同じIPアドレスであることから考えると、ペットショップかどこかから同じ立場にある関係者だったのでしょう。

どんな形かはともかく、私の書くことが敵を作るなんてことは百も承知で始めたブログなので、そんなことは想定内。もちろん、怒りもしません。

そんなことより、

この人達には、自分たちが【群れている】という自覚はきっとないのだろう

というところに私は着眼するのです。

「群れ」とか「縦社会」とか「主従関係」といった言葉に短絡的にネガティブな印象を持ち、その反発として完璧に統率の取れた【群れ】で攻撃してくる様は滑稽としか言いようがありませんでした。

さらにその後、「〇〇さん(自称トレーナーの人の名前)に諭されました。すみません」と、職員室に呼ばれた小学4年生のように謝ってきたのですが、その理由で謝られてこちらは何を思えばよかったんでしょうか。むしろその謝罪が、その群れのガバナンスがいかに強固であるかを表す皮肉なことになったわけです。

自分の姿とは、本当に見えないものなんですよね。

私は怒らない

さて、前項を読んで頂いたなら分かると思いますが、私は自分を攻撃してきた相手だけを非難しているわけではありません。

ここで「味方」を作りたいなら、

どーーーですか、お客さん!酷いじゃありませんか!私はこんなに真面目に、冷静で、客観的に、論理的に持論を展開しているのに、妄想する変態オヤジ呼ばわりですよ!この人、頭の悪い差別主義者なんですよ!さあ、迷わず私にイイネを!!

とでもやるのでしょうが、私の批判の先は、これを読んでいる貴方にも向けています。さらにその批判は反射して自分にも向かっています。

個別事例から、その個別の話だけをしていても、何ら建設的な考察はできません。

「これが人間である」ということを発見して、その“人間性”の度合いに差があるだけだという認識を持つことこそが大事なのです。

……とこのような意識を持っていると、何を言われようが腹が立たなくなるんです。

あ~、この人もパターンにハマっちゃってるなぁ~

と思うだけです。

 

人間の行動パターンは単純である

ではその「パターン」とは何でしょうか。

事例を挙げてみましょう。

【A】
「〇〇さんって背が高くてカッコイイですよね」
「いやぁ、今時このくらいの身長なんていくらでもいますよ」
【B】
「〇〇さんって彼女いるんですか?」
「【今は】いませんよ」
【C】
「お前バカだから〇〇党の支持なんかしてるんだろwww信者乙wwwwww」
「……って〇〇党のクズがまた吠えてるwwwお前んとこの党首でべそwwwww」

 

【A】は褒められた時の謙遜ですね。「いやぁ、そんなことないですよ」全く面白くありません。面白い必要があるのか?と言われたら別に必要はないんですけどね。本当、面白くないってだけで。

 

【B】「今はいないけど、ずっといなかったわけじゃないんだからね!」という小っちゃなプライドの表れです。これでアピールできるのは、自分の人間の小ささだけ。

 

【C】はツイッターの政治クラスタにいれば毎日いくらでも見られる、売り言葉に買い言葉のパターンですね。

 

さて、以下私が思う模範解答。

 

【A】背の高いやつは昨日も背が高かっただろうし明日もきっと背が高いんだから、言われまくってるはずなんですよ。だったらお前はずっと「いや~そんなことないですよ」的な薄っぺらい謙遜のリアクションをしてきたのか、と。

「中身はもっとカッコイイんですよ」
とか
「カゴに入る時は小さくなれるんですけどね」
とか、その後に会話が弾むような気の利いた一言を予め考えとけっての。

 

【B】くだらないプライドです。それで自分の価値が上がると思ってるんだからどうしようもない。「今は彼女いません」の「今は」ほどこの世に必要のない言葉もないでしょう。

模範解答は、

1.「現世ではまだいません」

2.「僕がこれまで彼女を作らなかった理由が今日あなたに会って分かりました」

3.「あれ結構難しいですからね。まず温度管理、次に餌の用意が大変。人に懐かないし、逃げたらなかなか捕まえられない。見た目はめちゃくちゃ可愛いんですけどね。そもそもワシントン条約……え?オコジョの話じゃない?」

です。

 

【C】なぜバカだと思ってる相手にかまうのでしょうか。それはあなたもバカだからです。

クソリプをスルーできないあなたもまたクソなのですよ。

「そうか、クソリプってスルーするのがベストなんだ!」と、次から「クソリプなのでスルーしますねwww」って書くバカもいそうですが、ちーがーうーだーろーーー!!

「ご教示ありがとうございます。参考にさせて頂きます」←これをコピペしてCtrl+V。これだけ。以降無視。

クソリプ対応は5秒で済みます。

なのになぜ、君らはそこまで必死に反駁しようとするのだ?

なぜそんなにケンカが好きなのだ?

人間だもの?

そうでした。私の言ってることは「人間性の喪失」に他なりませんからね。

 

長い。続きは後ほど。

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