からの続き。
大臣ポスト辞退は正解だったのか
結局維新の連立入りは、「大臣ポスト2つ以上」という自民の歓待を受けながらこれを辞退。はい、これも橋下さんの意向ね……とも思えるが、これに関して何が正解というものはない。見ようによってどうとでも映る(橋下さんの意見に大きな比重があるのは間違いないだろうが)。
この判断を良いように見れば、「政策を実現できる可能性が高い上に、リスクを最小限に抑えられる、慎重で現実的選択」と言える。しかし一方では、「腐っても公明党以上の国会議員を抱え、チャンスを与えられながら行政権を担う覚悟もないのか」とも言える。
個人的には、どちらかと言えば、たとえ1つでも大臣ポストをもらって、「国政の行政権者」を経験しておくという「攻め」の姿勢の方が好みではある。2つのところを1つにするなら国交大臣をふっかけても良い。2つもらうなら文科大臣と厚労大臣をもらって「言うだけで何もしない」の象徴だった幼保一体化を進めて、勢いでこども家庭庁を廃止しても良い。もちろん、正攻法で総務大臣に就いて一気に副首都構想を進めるのも良い。
何にせよ、橋下さんの「今の維新の国会議員に大臣は担えない」をそのまま受け入れるのは情けない。
「維新消滅の危険性」なんて気にするようなことだろうか。その気になったら大臣など辞任して連立解消してしまえば良いし、気持ちよくなってにじむように自民党化する勢力があるなら、残った勢力が維新の理念を受け継いで新党を結成すれば良いではないか。どのみち今は墜落している最中なんだから。
音喜多駿、魂のポエム
「第三極」としての日本維新の会が存在する最後の週末なのかもしれない。
とか思うとわりと精神的にくるものがあったらしく、何もやる気にならずに子どもと公園に行ったりして夜はすぐ寝てしまいました(YouTube LIVEするの忘れた)。… pic.twitter.com/xmKAAJ02nx
— おときた駿 / 元参議院議員の社保下げニキ (@otokita) October 20, 2025
仕様上一部抜粋の形になるが、俺たちの音喜多駿のポストだ。音喜多さんは「第三極としての維新」に拘りがあるようで、
何が正しいかなんてわからないのだけど、実際に所属した党の消滅を経験してきた私は、「政策が実現するなら党がなくなっても良い」とは言えないし、言いたくない。
とのこと。このタイミングでぶっちゃけた意見であり、論理よりも感覚を吐露した、音喜多さんとしては珍しいポエムだ。
私がなぜこの部分に注目したかと言えば、先述した「持続可能性」に関わるからだ。
「政策さえ実現できれば党はなくなっても良い」
なるほど。少なくとも「維新」と「大阪都構想」はこういう関係にあった。潔く、勇ましく、美しい。
しかし、政治課題はそれだけではない。仮に今掲げる政策が全て実現したとしても、また次の政治課題は無限に現れる。狭義の「政治」とは立法のことであり、法やルールは常に「改革」が必要なのである。
となると、そこではやはり「持続可能性」が問題になってくる。
……と言った時に、読者の中で「で、何を持続させるの?」という疑問を持たれた方はどのくらいいらっしゃるだろうか。もっとも肝心なのはここなのである。
常々言っているように、私は日本が良くなるのならその手段などどうでも良い。ついこの間までは、その最適解が「維新」だったというだけだ。で、なぜ維新を選んでいたかと言えば、「維新の理念」を持つ政党だったからだ。それがいつしか、維新は維新と言う”組織”存続そのものが目的化しているように見え、万博では「次世代のため」でもなく「マイノリティーへの心遣い」もなく「大阪以外の地域との協調」も捨てた地域の部族であることをアピールした。そこに【維新の理念】がどれほど残っているか、もはや分からないのだ。
橋下徹にチャチャを入れられて、さり気なく「維新八策」を差し出す音喜多駿こそ、「維新の理念の依り代」であると私は感じた。
では理念さえ持続できれば、政党に拘る必要はないのではないか?
現実問題、そうはいかない。政党の渡り歩き、あるいは政党の生成と消滅、こんなことを繰り返していくと、人間同士の駆け引きと言う小さな政治の話ばかりになって、本来の大志である「政治の理念」が少しずつ削られていくのだ。
となるとやはり、問題は「政党アイデンティティー(政党同一性)」の話に返ってくる。
※以上は、音喜多さんの代弁をしたわけではありません。
維新が【何かをやって】連立入りを果たしたわけではない
念を押して言っておく。
今般の維新の連立入りは、維新が何か努力してきた結果などではない。「議員定数削減」という奇手をもって、また「吉村さんはドエライ政治家やー!」という声もあるが、それほど優秀な政治家が党首を務める政党が国政で見えないほどにプレゼンスを失い、支持率がどんどん下がっている現状をどう説明できるのか。
連立の話は、その時点で、自民党にとって最も穏健で、現実的で、対立する支持母体を持たない、そこそこの議席数を持った政党として維新がそこにいたというだけのことであり、維新が能動的に何かを進めたわけではない。あくまで受動的な事態なのである。
党首にエネルギーがなく、明確な政党アイデンティティーもなければ、離党したいという議員も出てくるだろうし、維新の議員でいたくても当選できないケースも増えるばかりだ。こういう不慮の幸運と橋下院政に頼って「よかったね♪」と喜んでいる間は党勢再拡大もないだろう。
逆に、この連立入りを維新自身が変わるきっかけにできるかどうかも今の党幹部にかかっている。あなた方が見るべきはどんなことがあっても甘やかしてくれるイタい支持者ではなく、日本国民である。
そして。
「維新が消滅するリスクを冒してでも」なんて、今の維新の代表が軽々しく口にすべき言葉ではない。
連立入りを言い訳に使うな。軽薄にもほどがある。



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