維新・岸野ともやす氏のDM晒し事件について

政治・経済

維新の内輪の話2連発。

前回の佐藤こと騒動は結構どうでも良いコトだったんですが、個人的にはこちらの方をかなり重大視しております。ミクロな政治論とはかけ離れているので、皆さんあまり興味ないでしょうけど。

岸野ともやす氏のDM晒し事件

これは日本維新の会・岸野ともやす氏のツイートです。議員のことを「先生」敬称付きで呼ぶかどうかの論争の流れなんですが、このツイートそのものはここでは触れません。

この記事で問題にしたいのは、それに連なるリプです。

どうも、この岸野氏が、一般人からのDMの内容が気に食わなかったようで、それを一般ツイートに晒してしまったのだそうな。それを一般支持者から指摘されている訳ですが、ノーリアクション。そのものにノーリアクションなのに、岸野氏を擁護するリプには「いいね」を付けています。

 

ちっと私の話をしますとね、これはブログでも常々書いているんですが、私の言論姿勢は「どこまでもオープン派」なのですよ。

ここに、3分で読める大昔のエピソードが置いてあるので、お時間のある方は是非。ちなみに、私は岸野氏よりもはるかに低学歴で、この時の私は今の岸野氏よりも若いです。

 

議論の相手を選ぶのは愚か

私と仲の良い相互フォロワーさんが、あるスペースに入ったところ、「偵察に来たのか」と言われたそうです。どうやら、ざっくりグループ分けされてそのお友達は「敵対勢力」にカテゴライズされると見做されたそうですが、いわく「ただ意見を聞きたかっただけ」だったそうです。

実に、実に、幼稚でバカらしい話です。

私はこの真逆なんですよ。むしろ、考え方の違う奴ほど俺の話を聞いていけ、という考え方なのです。内輪でいくら話し合っていても「ダヨネダヨネー」というやんわりとした合意の応酬にしかならず、なかなか発展しません。絆は強くなるかもしれませんが、コミュニティーが大きくなることはあまりないのです。

それより、考え方の違ういろいろな人間が集まって、話を聞いてみて、違うと思えば異論を主張し、最終的に気に入らなければ出て行っても良い。このやり方こそ、言論コミュニティーから「淀み」を消す手法だと確信しています。

閉ざされたムラの住人には、「勝海舟暗殺のために出向いた坂本龍馬が、逆に弟子になって帰ってきた」みたいなドラマは生まれないのですよ。

 

DMは神聖なもののはず

しかし、先に紹介したブログ記事にも書いてあるのですが、私は法・規律・ルールというものを重んじます。言論に置いては「オープン派」なのですが、「DM反対派」などではありません。通常の言論空間では、「言えることだけを言えば良い、プライバシー以外なら何でも言える、恥ずかしいことも言わなければ良い」という考え方なので、「何でも来い」なのですが、その分DMという手法の扱いにはかなりセンシティブなのです。

四半世紀も前のメーリングリストの時代から、ツイッターの現在まで、DMを頂くことはもちろん多々ありました。「お忙しいところすみません」という挨拶には「DMは私のためだけに書いてくれているものですから、ありがたいことです」と返してきました。

そう、DMというのは、その人だけに書いた神聖なお手紙なのですよ。

 

DMを晒して良い基準

さて、それを踏まえた上で岸野氏の「一般人のDMを晒す」という行為を改めて評価してみるとどうなるか。

後追いですが、私もそのDMの中身を拝見しました。それは、どう受け止められるかはともかく、書いた人は大真面目というのが分かる内容でした。それが気に入らなかったのだとすれば、岸野氏とそのシンパの主観の問題であり、客観的にはそこに普遍的な反倫理性などは全く見受けられません。

先述の通り、私にとってDMというのは神聖なものです。私だけに向けて書かれたものを、多くの人に晒すなどというのは暴挙に他なりません。ただし例外があって、それは「違法性のあるもの」「それを公開することによって公益性が生じるもの」です。

「違法性」とは言うまでもありませんが、脅迫や殺害予告の類、収賄、エロその他のハラスメント等もろもろです。「公益性」は、それを秘密にしておくと多くの人が損害を被る何か、です。あまり適切な例が浮かびませんが「先生が住んでいる〇〇区の水道水に基準値以上の有害成分が検出されています」みたいな情報ですかね。

 

彼は井の中の蛙になっちゃうかもよ

で、岸野氏に宛てられたDMにそのような要素はどこにもありませんでした。もう一度言いますが、DMを晒したのは岸野氏の主観的な判断なのです。

もちろん、これ自体が倫理性に欠ける行為で大いに問題ありなのですが、これは岸野氏自身に大きな損害をもたらすことになります。それは、「気に入らなければ晒す」なんてことをやってしまっては、今後本当に彼のことを思って情報を提供してくれる人は限られてくるだろう、ということです。なんせ、「逆鱗に触れれば晒される」わけで、その鱗はがどこにどんな角度で生えているのかは他人からはなかなか分かりませんから。彼のことを思っていても、気に食わない可能性があって、逆恨みされることがあるとなると、怖くてDMなんて送れませんね。

結果、彼の元には、正確な情報ではなく、彼が気に入るような情報しか集まらなくなるわけです。

まとめ

岸野氏は慶応卒ということなので頭は決して悪くないのでしょう。しかし、典型的な感情優位型人間で、規律を無視して自分の感覚を優先させる人のようです。先述の、私が決めている「DMを晒して良い基準」など理解できないかもしれません。

「自分が正しいと思ったらそれは普遍的に正しい」こういう自己無謬性が大前提にあるような人は、実はかなり恐ろしいのです。

 

さらにその上、このことを指摘されても無視するだけでなく、擁護のリプにはいいねを付ける卑怯さを見せています。読んでるやないかい!他の結構どうでも良いことには反応するくせに、肝心なところにはダンマリ。

さてさてさてさて、下品なのは一体誰でしょうか?

 

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