からの続き。
さてさて。こういった長屋文化そのものを取り戻そうにも、文化というのは自然発生し自然消滅していくものなので、「じゃあ長屋始めまーす!」とはいかない。でも子育てには長屋文化的なものが必要だとするなら、行政が長屋に代わるような何かを用意してやれば良い。それがこの話の根幹だ。
と言っても、それはこれまで政治課題として語られてきた保育・教育サービス改革をベースにしたものだ。
学校の統廃合を進めて“子育て特区”を
大きなスケールの方から話をすると、郊外に高齢者ケアとセットにした「子育て特区」を作り、小中学校の統廃合を進めて特区の中にマンモス校を作る。と言っても、すでに学校の不動産リソースは余っているので、ハードとしては昔からある学校を満員にすれば良いだけだ。なんせ団塊ジュニア世代の頃に使っていた校舎を、子供の数が3分の1以下になった今でも使っているのだから、3校のうち2校を廃校にすれば良いだけである。
子育て特区内では子供がいる世帯に限り家賃は格安にし、引っ越しを促す。あぶれた子育て世帯にはスクールバスを用意するが、これも既存の公営・市営の路線バス、スポーツクラブのバスを利用すれば新規で用意する必要性は限られるだろう。
当然、学力別授業&部活は地域運営
マンモス校化した学校では同一学年で多数の学級が用意できることになるが、これまでの公立学校では5クラスあってもその5クラスが同じ教科書を使って同じカリキュラムをこなしていたものを、5段階の学力別授業を行うようにする。これで塾に行く必要はなくなる。担任業務については中学校以上のそれを小学4年生から採用し、4年生からは各教科はそれぞれの強化担当教諭が教える。クラブ活動はさらに複数のマンモス校共同で「地域」として運営し、少子化でなくなった部活を復活させるだけでなく、さらにそれまでニッチだった弓道部やゴルフ部などもできるかもしれない。
保育所不足解消&保育士の給料アップ
特区内の保育所も大規模化して経費を節減すると同時に人員配備を柔軟にする。そして年中無休・24時間営業が基本。保育所への補助金は一切絶ってしまい、好きなように料金設定させる。代わりに補助金は子育てバウチャーとして保護者に配布し、好きなように使わせる。すると保育士の給料も自然と上がる。もちろん幼稚園は廃止し、新しい仕組みの保育所を既存幼稚園の上位互換施設とする。つまり、教育も保育もする施設だ。保護者には一定周期の行政(あるいは保育士)による家庭訪問受け入れを義務付ける。
ついでにジジババ特区もセットに
高齢者とセットにするのは、子供と同様、一極集約による1人あたりの経費節減効果もあるが、働いてもらうためでもある。ここでいう「高齢者」の定義は、「加齢によって自立生活ができなくなった人」だけではなく、「年齢の都合で単にリタイアした人」を含む。よく独身女性が集まって「私たち、ババアになったら同じアパートに一緒に済もう。なんならルームシェアしよう」みたいな話をしているところを耳にするが、その仕組みを作るイメージだ。
シルバー人材雇用を発展させよう
一応、本職としてはリタイアしたが、気力・体力・時間を持て余しながら寂しがっている高齢者は非常に多いと推測される。そんなお年寄りには、通学見守りや各種PTA業務、児童ホーム指導員、授業の補講、運動会や郊外活動などイベントの手伝い、その他学校の雑務などできることは全部やってもらう。さらには特区内にシルバー人材拠点を作って、子供とは関係のない仕事もやって頂く。
以上の仕事はボランティアでも、既存のシルバー人材の仕組みでもなく、労働基準の例外を設けて最低賃金の半額程度で「雇用」する。そして収入に応じて年金支給額は減額するが、もちろん働いて損が出るようなことにはしない。
するとこうなる
これらの策により、
保護者にとっては……
●遠慮なく働ける
●塾などの追加費用をかけずに子供に高度な学歴を取得させることができる
●多くの大人に見守られる上にスクールバスがあるため、子供の安全が確保できる
子供にとっては……
●学校で学力レベルに合った教育を受けることで時間のゆとりができ、その時間を遊びや他の習い事に使える
●同級生の数が大幅に増えるだけでなく、多くの大人に触れ合うことができ、親ガチャのみならず、担任ガチャのリスクからも解放される
●様々な部活の選択肢を持てる
高齢者にとっては……
●生きがい・収入・健康が得られる
●介護が必要になっても以前より安くつく
社会にとっては……
●保育・教育・高齢者社会保障のコストが安くつく
●高度な人材が生まれやすくなる
●親が遠慮なく働けるためGDPの底上げが期待できる
●少子化の勢いを減衰できる
等々、良いことづくめだ。
とは言え、できないよね
当然ながら、理屈では良いことづくめでも、いろんな利権が絡み合う社会の仕組みの中でこれだけのことをやろうと思ったら、相当な政治力が必要だ。だが、我々はいつまでやる気もないくせに「地方創生」だの「こども真ん中社会」だのと言った耳に心地良いフレーズを聞かされながら、限界集落の延命やいまだに幼保の一体化もできない「子育て政策」を見せ続けられなければいけないのだ?
必要なのは、能力と意思を併せ持つ改革派の政治家である。



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