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『フィアーザウォーキングデッド』がつまらないのは、コンセプトがないから。

映画・ドラマ

ウォーキングデッドもついにシーズン9が開始。ファンも毎週ワクワクして観ていることでしょう。さて、シーズン9の感想を書く前に、随分前に観終わった『フィアーザウォーキングデッド』がなぜ面白くないかについて改めて。

『フィアー』が面白くないのは、本家のようなコンセプトがないからだと思うんですよ。

過去に何度か書いていますが、『ウォーキングデッド』はゾンビドラマではなく、文明がプチリセットされた後、リックという良識と責任感を持つリーダーがリーダーとしてどう成長していくかを主眼に置きつつ、人間はどういう社会を築いていくかという空想社会学がベースにあるわけです。

ドラマの中で人気のキャラクターは複数いるものの、多くの視聴者にとって、その主眼は常にリックにあるはずなんですよね。

理念的な善悪の道と現実的な手法の板挟みになって、その時のベストの行動を採ったつもりでも非難されることもある。常に全体を俯瞰し、できるだけ多くの人が満足する選択を採らなければならないという重圧。時に精神的に崩壊しかけることもある。そんなリックに共感するというのが視聴者の基本的な感覚としてあるからこのドラマは面白いわけですが、『フィアー』の方は、なんだか全ての登場人物が愚かに見えて、誰に共感すりゃいいのか分からない、というのが視聴者の感覚じゃないでしょうかね。

本家で言えばリックに相当する役割のトラヴィスが早々に退場。その代わりの「冷静な良心」としてモーガンを持ってきた形になりますが、話の展開がワチャワチャしてて、う~む……。

本家TWDは原作があって、しかもその原作がコミックなので、ビジュアル的なキャラ付けも良い意味でマンガ的で分かりやすくなってるんですよね。例えばダリルならバイクにクロスボウ、ミショーンなら日本刀、モーガンは合気道の棒術って感じで。

で、一方の『フィアー』にはそういったビジュアル的インパクトがありません。別にそれは構わないんです。マンガ的分かりやすさを捨てて、もっと深いドラマを描きたいのであれば、です。ありますか?ありませんよね、多分。

原作がないということは自由であることを意味し、わざわざオリジナルのスピンオフを創るのであれば、よほど良いアイデアがないとやろうと思わないはず。『フィアー』はいったいどういう動機で創られた作品なのか、私にはまったく分からないんですよ。



ウォーカーの大群が襲来するシーンですが、ゾンビものでこのような遮蔽物の一切ない空間を使うというのは、普通はないんですよね。緊迫感も戦闘の迫力も演出できないから。『フィアー』は、ある意味でこういう大胆なことをやりながら、「では何のために王道的定跡を捨てたのか」がないんです。ただダラダラとゾンビと戦うだけになっちゃってて。

シーズン5も製作されるってことで、そりゃ観ますけどね、もはや「面白いから観る」よりも「TWDファンとして観ないわけにいけない」という意識の方が強いかもしれません。

とはいえ、これは本家TWDがあまりに面白いからその比較としてボロクソに書かざるを得なくなるわけでして、単純に独立したドラマとして観た場合、その辺のドラマを観るよりはやっぱり面白いと思います。

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