私の好きな政治家の一人である自民党の小野田紀美氏が初入閣し、経済安全保障大臣に就任した。彼女に相応しいポストだと思う。まずはおめでとうございます。
さて、個人邸に小野田さんと言えば思い出すことがある。前回の投稿でも少し触れたが、どうやら私のツイートが目に入ったらしい形跡があった。
その時話していたのは、「ゲーム脳」についてだった。そう言えば、その話をこのブログサーバーの前に持っていたブログで書いたが、割と普遍性の高い内容の割に全く転載したことがなかったので、これを機に転載しておく。
2017年に書いたものなので、もう8年も前になる。
ここで取り上げられた「千葉小3女児殺害事件」は、2017年に起きた幼女の誘拐・レイプ・殺人事件であり、当時40代だった犯人は2022年に無期懲役が確定し、現在服役中である。犯人の家からその手のDVDが多数見つかったことで、「アニメ・ゲームの影響」という話になった。応援している政治家の初入閣記念という割には陰鬱な事件を取り上げるが、主題はこの事件そのものではない。
というわけで、以下、多少リライトして転載。
事件の背景と問題の本質
千葉小3女児殺害事件は、社会に深い衝撃を与えた。サイコパスやロリコンといった性質を持つ人々の行動、そしてアニメやゲームが青少年に与える影響について、改めて考える必要がある。ここでは、感情的な反応を超え、問題の本質と解決策を冷静に探りたい。
サイコパスへの同情と行動の境界
私は常々、サイコパスやロリコンは可哀想だと思っている(注:この場合のサイコパスとは、猟奇的犯罪者という誤用にも近い狭い意味である)。彼らの欲求は、先天的な要素に強く起因する可能性が高く、その欲求自体はどうしようもないのに、欲求を満たそうとすると「犯罪」になってしまう。しかしながらその同情も同情でしかなく、彼らがいざ欲求を満たそうと行動を起こしてしまうと、社会は彼らの(一時的にしろ)退場させるし、私だって自分や自分の家族を守るために賛同する。「同情はするけど、迷惑なのでどっか行ってね」だ。
ワイドショーのコメンテーターは「許せない」と感情的な発言を繰り返すが、こうした発言は問題解決に寄与しない。彼らの欲求を理解しつつ、犯罪を未然に防ぐ仕組みを構築することこそ、社会にとって重要である。
アニメ・ゲームは青少年にどのような影響を与えるか
事件と二次元コンテンツの関連性
容疑者の自宅からわいせつなDVDが見つかったと報じられているが、これを事件の直接的な原因と結びつけるのは早計だ。
過去、参議院議員の小野田紀美氏は、二次元コンテンツを犯罪の要因としないよう訴えた。こうした主張はサブカルチャーのファンや制作者に多く見られるが、彼女自身、ゲーム制作会社出身であるらしい。
そして彼女はかつてX(旧Twitter)で以下のように発言している:
包丁を料理に使うか殺人に使うかは個人次第である。責任は全て個人の人格に帰する。
この包丁の例えは、たしか「ゲーム脳」というキーワードが再燃した時だったと思うが、4年前に私も過去に同様の議論で用いたことがある。私の場合は、
『良い影響しかない』と『悪い影響しかない』という対立はナンセンスである。アニメもゲームもダイナマイトも原子力も、良い影響もあれば悪い影響だってある。包丁一本持たせて絶品料理を作る料理人もいれば、同じ包丁で人を刺すヤツだっている。
と言う主張だった。4年前(2017年からの4年前。確認したら、まだ当時のツイッターには「いいね」の機能すらなくて驚いた)に、私のツイートが小野田氏の目に入った可能性は高い。が、その主旨が少し違うものであることはお分かり頂けるだろう。
良い影響と悪い影響の両面
人間の行動は、先天的な性質と後天的な経験が絡み合って形成される。アニメやゲームもその一部である。
例えば、『キン肉マン』を読んで友情を大切にする価値観を育んだ少年がいれば、それは“良い影響”と言えるだろう。一方、友達に「キン肉バスター」を試し、怪我をさせた場合、それは“悪い影響”となる。そう言えば私も子供の頃、体格の良い同級生にパロ・スペシャルをかけさてもらったことがあったが、幸い怪我はなかった。あ、どうでもいい話。
「良い影響のみ」「悪い影響のみ」という二元論は不毛である。影響は「ある」か「ない」かではなく、「どのベクトルに」「どの程度か」という濃度の問題である。クリエイターが創作し、読者がコンテンツを消費する意味は、こうした影響の総体にある。
サブカルチャーファンの主張とその限界
小野田氏を含む一部のサブカルチャーファンは、「アニメやゲームに悪い影響はない」と主張する。しかし、これは過度な単純化である。
オタキングこと岡田斗司夫氏は、宮崎勤事件を振り返り、「オタクは彼を仲間と認めたくないが、どう考えても仲間じゃん!」と述べた。この発言は、問題を直視する冷静さと勇気を象徴している。
二者択一の論争を越えて
「アニメやゲームが犯罪の要因となるか、ならないか」という二元論的な議論は、往々にして非建設的なのだが、特に小野田氏の論じ方には結構大きな瑕疵がある。
それは、
●アニメ・ゲームから影響を受けて、人は犯罪や不道徳な行いをすることがあるか
という因果関係の話と、
●アニメ・ゲームの影響に起因する犯罪が起きた場合、アニメ・ゲームに責任を問うべきか
という責任論が混同されているということだ。
適切な方法論は、良い影響と悪い影響を全て洗い出し、プラスマイナスを比較することである。プラスであれば現状維持、マイナスであれば規制を検討する。ただし、規制の境界線を設定するのは極めて難しい。抜け道は存在し、規制そのものが犯罪を減らす保証はない。アニメやゲームがあるから起きる犯罪もあれば、ないからこそ起きる犯罪もあると考えられる。
二者択一の論争に直面した際は、一歩引いて中間値を模索することが重要である。小野田氏は、「悪い因果関係もあるだろうが、規制を始めるとキリがない。表現の自由はそう簡単に取り上げられるべきものではない」と言っておけば良い。政治家は最終的には何かを決断しなければいけないが、そこまでの過程においては冷静な視点からの客観的な分析が肝要だ。


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