この投稿もかなり前に書いて温めてあったものなので、現時点(7月末)においては内容がそぐわないところもあるが、ご容赦を。そしてこの投稿は、単なる万博の話ではなく、今後の維新を占う重要な事象だと認識していることを断っておく。
帰宅難民問題
まずは来場者数過去最大記録のお知らせ。大阪関西万博、花火イベントのあった6月28日の来場者数は、関係者を除いて18.5万人、関係者を含めるとついに20万人を突破する大盛況だったらしい。
もちろんこのこと自体は万博ファンである私にとっても喜ばしい話だ。しかしながら、これに付随する問題が発生した。それが「帰宅難民」である。帰宅難民となったのは、予約なしにシャトルバスに乗ろうとした人達だ。
こういったことが話題になった時に、「アホw」「自分勝手w」「自業自得w」「情弱の甘えw」など罵詈雑言が飛び交うのはネット言論空間である以上しょうがない。なんせ私が見る限り、X(旧ツイッター)は2ちゃんねるなんかの比ではないほど下劣なのだから。
問題は、そこに地元万博ガチ勢の姿もあることだ。
「混雑するのは分かってたやろwアホかwなんでバス予約しとかへんねんw」
いや、私から言わせれば、そこからバスが出ていて予約無しで乗れるのであれば並ぶのが「当たり前」とは言わずとも、並んだって責められる道理はない。
「並んでもバスに乗れない可能性がある」とアナウンスされていた、とのことだが、いつどこでどのくらいの声の大きさでアナウンスされていたのか。あるアカウントさんは「一切耳にしなかった」と言う。
ポンコツ運営は「帰宅難民を出さないこと」に注力しなかった
さて、「できるだけ輸送すること」と「帰宅難民を出さないこと」ではどちらが優先されるべきだろうか。
予約無しでバスに乗れた人の割合にもよるが、原則として予約利用が前提となっているのなら、大した人数ではないだろう。その前提に立つ限り、「そもそも予約無しでバスに乗せるな」が文句無しの正解のはずだ。「予約なしでは乗れない可能性がある」は「乗れる可能性もある」ということ。
集団の行動に秩序をもたらしたいのであればまず「計算がたつ」状態を用意しなければいけない。逆に不確定要素ほどカオスをもたらす要素はない。であるなら、最初から「西ゲートは予約済みのバスとタクシー利用者のみ」とすれば良かったのである。そしてそれを来場前から大声で、つまり公式サイトでも「イベント開催時、予約無しでバスは利用できません!」とアナウンスしておくべきだろう。
不確定要素はその先に起こることの予測の正確性を下げる要因だ。わずかな「不便の解消」をやろうとして不確定要素を増やし、それ以上に「解消する以上に不便を増やしてしまった」のが今回の万博運営だ。
西ゲートはいつ活用されるようになる?
ちなみに、いくつかのアカウントさんからの報告では、この28日の来場予約枠は数段階で拡大されたていたとのこと。だとしたらなおタチの悪い話だ。もちろん、できるだけ多くの人に来てもらおうとするのは当然のことでそれ自体悪いことであろうはずがない。問題は、そのための準備や対応がいい加減であることだ。
開催前から、この史上初の海上開催である大阪・関西万博のアクセスの弱さについては「災害が起きた時にどうするのか」とアンチの絶好のおかずになっていた。それが、災害どころかなんの不慮の事態も起きていないのに帰宅難民を出すのだから、「一体何を考えて入場者枠を増やしたのだ」と疑問が出てくるのが普通だろう。その日の来場者数とアクセスキャパというマクロな数字を知っているのは運営であって、利用者は知るよしもないのである。
「調べて来なかったヤツがバカ」との声が多いが、今までどれほど東ゲートの混雑ぶりを話題にし、西ゲートの利用を促してきたのだ。返す返すも「眼の前の入場者数より快適性を」という横山提言を蹴った吉村知事の判断はあまりに無責任に思える。この時に「西ゲートを活用していく」と言ったの他ならぬ吉村知事である。
グッズ転売問題を斬る
似たような話にグッズ転売問題がある。これはミャクミャクとのコラボグッズが万博会場限定で販売されており、それがメルカリなどで転売されているという問題だ。
転売問題は、人口の分厚い平均あたりをうろつく知能の持ち主にとっては絶好の「叩いていいおもちゃ」である。なんせ今の社会は「転売=悪」が絶対の等式になっている。悪者を見つけて叩くのは、タダでできる人類共通の娯楽だ。そこに万博という熱狂が加わるのだからさらに勢いが増す。
いや、「転売腹立つ!」だけなら私も特に反応しなかったかもしれない。しかしながら、上に貼り付けたニュース記事にもあるように、「転売屋から買うな」という意見がかなりあった。ここに私は”歪んだ正義”を感じざるを得ない。
「売るな」なら百歩譲ってまだ分かるが「買うな」はおかしい。
しかしながらポリコレ棒を持ったアドレナリン過剰分泌症の連中はそれすら許さない。「販売者が転売を禁じているではないか!」という理屈だが、公式サイトの注意書きを見ても「メルカリなどに出品するのはやめて」としか書いていない。つまり、「売るな」とは書いてあるが「買うな」とは言っていないのだ。
この見解は「屁理屈」とも言われたが、全く違う。転売、つまり商品を手に入れてすぐ誰かに売るような行為は「マナー違反」だとは言える。しかし、買う側からすれば、自分の財産を別の形に変えるという当たり前の商取引をするだけのことで、誰に責められる筋合いもないのである。これは資本主義の基本だ。
本当に転売防止したいならできるはずだがなぜしない?
さらに言えば、転売行為だって「マナー違反」かもしれないが、「違法」となることはまず考えられない。グッズを既定の価格で売ってしまったのなら、当然ながらその所有権は買った側に移る。自分の所有物をどう処分しようが、所有者の自由であることは経済の基本原理であり、土地、株式、あるいはチケットなど特殊な財については個別の法律があり、例外扱いされるが、そうでないものについては基本的に自由だ。
もし転売を法的に扱いたいのであれば、商品にシリアルナンバーを付け、購入者のIDを確認し、「3年以内に金銭取引を含む譲渡はしない」という契約書にサインさせ、購入証明書を発行すれば良い。書けば大仰に聞こえるが実施はそれほど難しいことではない。でもメーカーや販売者はそんなことをやろうとはしない。それどころか「お一人様一点かぎり」と言うだけで、万博IDすら確認していないだろう。
そんなことは当然で、売り手からすれば「売れれば良い」のであり、何かしらでバズったらバズったで宣伝にもなる。
ひろゆき氏も言っているが、転売問題の責任は「(一次)販売者」にあるのだ。
「本当にほしい人」って誰の事?
「本当に欲しい人の手に渡らなくなる!」よく聞く反論だが、そもそもこの主張に関しては意味が分からない。例えば定価5000円の商品がネットで2倍の10000円で売られていたとする。定価の2倍の金額を出してでも欲しいという人が「本当に欲しい人」でないなら、一体誰のことを指して「本当に欲しい人」と呼ぶのか。
別にこのことに限らず、私はかねてより転売という行為に対する社会の姿勢に疑問を持っている立場だ。それはイタリア館チケット転売問題における橋下徹氏の見解とほぼ同じもので、流通経緯はどうあれ、「市場原理にかけられることの何が悪いのだ」である。
別の反発パターンに「来場を促す目的でやってるのに現地で買わないとは何事だ」というものがある。え?外で取引されてるってことは、少なくとも最初に買った人は来場してますよね?いや、そもそも、アカデミックな国際的イベントである万博において「モノで来場者を釣る」というような行為は趣旨と合うかどうかも問題だ。
ついでにアクロバティックな反論を紹介しておくと「マナーとして、家族・友人に頼まれてまでなら良い」というのもあった。もう訳が分からなくなる。同一人物が言ったわけではないが、あっちで「会場に行って買え!」という人がいればこっちには「家族・友人なら会場に行かなくても良い」という人もいる。
いったい「マナー」とは何で、「善」とは何なのか。
そこまで遠方客を攻撃したい?
ここでも私が主張したいのは「遠方の万博利用客」あるいは「遠方の万博ファン」への思いやりがあまりに欠如しているのではないか、ということだ。
万博では様々なグッズが販売されていて、それを欲しがる人は、例えばちいかわとかキティちゃんのようなキャラクターの単なるコレクターだっているだろう。しかし一方で、「万博に行きたくても(距離・家庭事情・金銭的問題から)行けないが、せめてグッズだけは手に入れて行ったことにしたい」なんて人だっているかもしれない。「貧乏人が高い転売商品買うわけねーだろ」というアホなヤカラもいたが、北海道民が大阪関西万博に行こうと思ったらどのくらいかかるか分からんのか。
私はこういったグッズの類にほとんど興味がないので買うことはないが(ミャクミャクくじのぬいぐるみと目薬だけ)、自分が数百円の電車賃で万博に行ける通期パスユーザーであることを考えたら、転売でグッズを買おうとする人を責める気になんてどうやってもなれない。
さて、ここから「だから維新はダメなんだ」という話に繋がっていきます。




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