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松本人志裁判の見方(1)

ジェンダー

話の発端は端折ります。

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なぜ「活動休止」なのか

1.「損害賠償額」の算出

件の報道が出てから、すでに松本の番組からはスポンサーが離れつつありました。すでに実害はあったのです。しかし、その実害はややアバウトなもので、「それでも仕事は続けてましたよね」と言われると弱い。

これが、報道のタイミングで「活動休止」にすると、そこを起点として損害額が明確になります。その額は、松本の受け取り分で10億円以上、吉本興業であればざっくり2倍とかになるでしょうか。

 

ちなみに、アマチュアながら一ブログライターとしての意地を少しだけ見せるなら、このことについて私は、メンタリストDaigo氏や辛坊治郎氏が言う前から言ってましたからね!

2.関係者にかける迷惑

松本ほどのタレントであれば、あらゆることを決定権がそこに集約しています。その気にさえなれば活動を続けることもできたでしょう。しかし、それをやると、スポンサー離れによってそれこそテレビ局に非常に大きな迷惑をかけることにもなります。

 

3.どっちみち視聴者は笑えない

これが最も大きいと思うのですが、事件の真偽はどうあれ、今松本は闇のオーラを浴びせられているわけで、後輩芸人も扱いづらい上に、テレビを観ている視聴者だって素直に笑えないでしょう。要するに、お笑い芸人の本分が脅かされているわけで、何より芸人としてのプライドの問題として「腫れ物」がテレビに出続けるわけにはいかない、ということだと思います。

 

叩く側は無敵

この問題についてテレビメディアが触れる前からネットではお祭り騒ぎです。特にアンチ松本は大はしゃぎで、「なぜ記者会見しない?やましいところがなければ堂々と説明しろ!」と言ったかと思えば、『ワイドナショー』出演の話が持ち上がると「そこに相手もいないのに自分の都合の良いことだけ語るつもりか!許すまじ!」と吠え、もはやどうしてほしいのか分かりません。

ま、つまりは何をやろうと糾弾することは決まっていて、叩く側は無敵なのですよ。

一方でテレビのスポンサーは少しずつ距離を取っていきます。提供をやめる企業、提供は続けるけど企業名は出さないようにする企業。「まだ真偽も分からないのになぜ距離を取るのか」という意見は空虚です。スポンサーは「タレント(番組)のイメージを買っている」のであって、今取り沙汰されてる問題の真偽などどうでも良いのです。そしてこれは企業として(戦略的に)正しい…というか無難な振る舞い方であり、責めるべきではありません。

このことが何を意味するかと言えば、真偽が不明であっても悪口は一定の効果をもたらすということです。

 

松本批判は「勇気」?

元々松本人志の番組だった『ワイドナショー』からは指原莉乃が言及。

 

鈴木紗理奈 (要旨:松本さんもそうなるかもしれない、という注釈付きで)

弱者が勇気を振り絞って出した発言が何の関係もない人からバッシングを受けて社会から追い出されることがあってはならない

はい、見当違いも甚だしい。

文春に情報を売るというのはそういうことです。

何らかの事情で司法に頼れないからと言って週刊文春のような週刊誌に告発するとどうなるか。そんなことは分かってますよね。もちろん告発者は社会の言論を自分に味方するような思惑があったはずで、当然そこには賛否の「否」の声だって同時に挙がるのは当然です。それもこれも覚悟した上で、世論の審判を仰ぐというのが週刊誌への告白だったわけでしょ?

そして鈴木紗理奈さん、そういうことがあってはならないと思うのなら、まずは自分自身がテレビでこの件について触れることをやめるべきです。

 

ジャニーズ問題と同列に並べるべきか

被害者を自称する女性が、8年も経ってから告発に至ったことについて「ジャニーズ問題」を引き合いに出していましたが、今回の告発内容の真偽に関わらず、この事案とジャニーズ問題を同列に並べるのは極めて不適切でしょう。

ジャニーズ問題は、被害者がまだまともな判断力もなければ人権を主張する力もない未成年であり、ジャニー喜多川による性加害が何十年もの間恒常的に行われており、かつそれをNHKを含めたテレビ局(マスメディア)、ファン、そして何より被害者家族が黙認していたという、言わば芸能界の固定的因習になっていたことが中核にあります。一タレントの「お行儀の悪さ」とは全く次元が違うものです。

さて、「被害者女性」はその会合に参加した当時、年齢はおいくつだったのでしょうか。「タレントの卵だった」とのことですが、仮に告発通りのことがあったとして、芸能活動においてそういう危険性があることについての認識はいかがなものだったのでしょうか。早い話、「どういうつもりで会合に参加した」のでしょうか。

 

用意すべき2つの物差し

と、前の見出しを読むと、「だからといって性的暴力が正当化されるのか!」と言う人が出てくるんですよ。私は、よく言われるように「呼ばれたからといってのこのこ顔を出す方も悪い」と言いたい訳ではありません。

過去に何度か使った喩えをもう一度。

青信号を渡っていたら信号無視する車に轢かれてしまった。被害者は左右の確認をしていなかった。さて、どっちがどのくらい悪い?

論理的な思考力に乏しい人は、ここで「過失割合」を出そうとします。つまり、「信号無視をした車が悪いのは当然だが、左右を確認しなかった被害者も悪い。よって9:1だ。」と言った具合に。

でもそうじゃないんです。「悪い」のは信号無視をした車が100%悪いんです。そして被害者の方は、「愚か」なのです。

何が違うかと言うと、前者は「倫理観(善悪)」という基準で「悪」なのであり、後者は「賢愚」という基準で「バカ」なのですよ。つまり、そこで使うべき物差しは別のものでなければいけないのです。

これは、露出の多い服で夜の繁華街に出歩き、軽薄そうな男のナンパについて行ったらレイプされた、悪いのはどっち?という問題も同様です。

 

細野弁護士の見解

『サンジャポ』より。弁護士・細野敦氏のコメント(要旨)

自分の意思で活動休止しているのだから、それに損害賠償が認められることは「あり得ない」

 

こんなこと言っちゃって良いんでしょうか。

今回の騒動でスポンサーが離れだしたのは事実だし、CMだって当然企業側の方からNG食らいますよね。松本が「活動休止」を選んだのは中途半端な状態で関係者に大きな損害を与えるより自ら区切りを設けた方が全体のためという判断であり、合理的です。

他の専門家達が「名誉毀損が認められるか」「損害賠償が実現するための条件とは」を語っている中で、この人は「あり得ない」と断言してしまっているわけですよ。

じゃあもし損害賠償が認められたらどうするんでしょうかね。

公共の電波で、悪質でいい加減な言説を撒き散らしたということになれば相当重大な問題になるはずですが、その時はどうせ誰も憶えてないだろうからテレビってええかげんなもんなんですよね。

 

後輩によるアテンドがあれば、それは性加害のシステムが構築されていたということ

いやいやいやいやいや、待て待て待て待て!!!

何がどうなってこういう論理になるのでしょうか。「アテンド」があったらそれはすなわち強制であり暴力性があったと!?どの時代のどの国の話をしているのか分かりませんが、そこに女性側の自由意思というものはなかったんですか?「アテンド」という言葉ってそういう意味なんですか?

 

えーっと、松ちゃん裁判については他にもいろいろ語るべき点があって、今後も散発的に投稿する予定です。とりあえず以上。

 

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