民主主義とメディアと教育と

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民主主義とは何か

最近(と言っても結構遡るけど)、スペースなんかで議論したことをブログにまとめておこうかなと。

そのうちの一つが、「憲法と民主主義」について……だったような気がするんだけど、あまりちゃんと憶えてません。すみません。

でもたしか私はこんなこと言ったよなーってなことをメモしておきます。

多数決でさえあれば民主主義?

そもそも「民主主義」は「我々のことは我々自身で決めよう」という制度のことであり、この言葉自体はこれ以上の意味を持ちません。そして民主主義を実現する手段として「多数決」という方法が採られているわけです。多数決とは、間接民主主義における「選挙」であったり、「住民投票」であったりするわけですね。

ただし、この多数決という方法にもいろいろバリエーションがありまして、例えば国家首脳を選ぶ際、日本だと国民には直接選ぶ権利はありません。我々が選べるのは国会議員だけで、その国会議員が総理大臣を決めることになります。アメリカの大統領でも形式上間接選挙ですが、「大統領を誰にするか」という争点のみで投票をするので、実質的には直接選挙と言って良いでしょう。大統領の任期はアメリカだと4年x最大2期ですが、韓国の場合は5年x1期。

さて、どの方法が「最も民主主義的」でしょうか。

選挙さえやっていれば民主主義?だったらその選挙が20年に1度しかなくても民主主義と言えるでしょうか?

日本の国会議員は700人ちょいいますが、これ1万人いた方が民意が反映されやすいのでは?いやいや、選挙で選ぶんだから10人でもいいのでは?

……と言うように、一口に「民主主義」とは言っても、その手法には様々なバリエーションが考えられるわけです。

 

民主主義=善、なのか

私のハマった海外ドラマのひとつに『ゲーム・オブ・スローンズ』と言うのがあるんですが……あ、これエンタメ館で書こうと思いながら面倒くさくて書いてないんですけどね、とにかく面白かったですよ。中世ヨーロッパを模したファンタジー世界を舞台に、貴族同士が血生臭い争いを繰り広げるというお話なんですが、細かいことは置いときまして、最終話。

※ネタバレだけど隠しちゃうと意味ないので特に隠しません。むしろ、これで観るきっかけにしてください。

生き残った貴族のうち、ある若く心優しい青年が皆に向かってこう提案します。

「これからは民に王を選ばせるのはどうだろう」

すると一同は少しの間を置いた後に大笑い。

 

 

そもそも民主主義とは「善」なのでしょうか。

ユダヤ人を大量虐殺したナチスのヒトラーが「民主的に選ばれたリーダー」と言うことは皆さんよくご存じのはず。さて、だったらあれは「善」だったのでしょうか。

もちろん違いますね。

「民主的であること」と「倫理的かどうか」はまた別の話なのです。

また、権力者が恣意的に法律を変えられないように最高法規である憲法が存在するのですが、その憲法だって最終的には多数決で改正できてしまうので、ナチスのような「多数派の暴力」というのは根本的には防ぎようがありません。

民主主義は、「とりあえずこれが最も間違いがなさそう」という政治手法であって、善を保障するものではないわけです。

 

 

憲法改正とメディアの話

スペースで争点になったのは、もし、すゎ憲法改正!ということになっても、そもそも投票権を持つ国民に十分な知識がないのではないか、という話。

すなわち、例えば憲法九条で言えば、九条があることによるメリットやデメリットは何か、外国には九条のような憲法はあるのか、そもそも国防とはどうあるべきか、なんてことを知っておかないといけないわけです。

憲法改正発議に必要な要件はかなり厳しいもので、だからこそこれまで日本国憲法は1文字も変えられなかったのですが、しかし発議が通ってしまったら後は国民投票。そこには国民が投票するための要件などは(年齢以外には)特になく、政治とか法律とかの知識があろうがなかろうが1票を投じることができてしまいます。

そこに至るまでに、国民に然るべき知識の供給は必要だろうというのは、感覚的には全くその通りだと思います。

しかし、そんなことを制度化するなんてまず無理ですし、それと「民主主義」とは直接的には関係がありません。

このような議論において一番つまらないのは「メディアがもっと政治について報道するべきだ」と意見(と言う意見を仰っていた方には申し訳ありませんが)。いや、そりゃそうですよ。メディアはもっとまともに社会知識について報道してくれれば良い。それは間違いないんですが、「べきだ」とか「してくれたら良いよね」と言うのは感想や要望であって、解決法ではないのです。議論した結果、我々一人ひとりには何ができるかというところまで落とし込まないと、あまり意味がないのですよ。

民放と言うのは営利企業ですから、視聴率を獲れない番組などやってくれるはずがありません。政治問題を扱う際は、分かりやすいキャラクターを招いた上での討論であったり、センセーショナルな見出しをつけないといけないわけです。もちろん、そこに公正性・公平性・客観性の保証はありません。

では公共放送である(らしい)NHKでやるのはどうかと言うと、それをやったところで誰が見るの?という話になります。どれだけまともな放送をやっても国民が見てくれないことには意味がないのですよ。

 

我々庶民には何ができる?

ほいじゃ、我々にできることは何かって言うとですな、

●現役の政治家や影響力を持つ有識者などにガンガン意見・要望をぶつける

●SNSで積極的に発信、あるいは良い意見を拡散する

●身近な人間を啓蒙していく

くらいしかないのです。

社会に出る前の学校教育でもっと政治的知識を充足させる教育をしてほしいなら、それも発信し、政治家にぶつけていかなくてはいけません。貴方や貴方の身近に子供がいるなら、教えなければいけません。でもあまりやってませんよね、多分。

お前はやってるのか?と言われたら、平均よりは随分やってる方だと思いますよ。だって今貴方が読んでるこのブログがまずそうでしょう。また、私には子供がいますが、それなりに教育しているつもりです。それを子供がどう捉えてどんな大人になるかは分かりませんが、恐らく一般的な家庭の子どもよりは高度なことを教えていると思います。

 

個人レベルの発信の重要性

この話、退屈な割にいろんな話題に派生していくことになって、どれから書いて良いか分からないのですが、とりあえずタイムリーな話をして締めに向かおうと思います。

現役政治家と有権者との質疑応答

これは、何かと悪い噂の多い兵庫維新のガバナンスについて開かれたスペースが発端になっています。市長選立候補の公認を巡って上層部のよく分からない判断に私を含めて一部の支持者たちは憤慨しておりました。その詳しい内容については触れませんが、私の提言としては、

ここで感情を爆発させたところであまり意味がない。一時的に気持ちはスッキリするかもしれないが、状況を動かすためには我々がどういう行動をすべきかを考える必要がある。我々「その他大勢」の庶民が持つ力は小さいが、それでもちゃんとした文面で質問を当事者にぶつけて、それに「いいね」を付けてリツイートすれば、数によっては無視できないだろう。個々が好き勝手に発言するのではなく、しかるべき手続きをもって聞いてみるべできではないか。

その時どんな表現を使ったかは自分でも憶えていませんが、主旨としてはこのようなことを言いました。すると界隈の有名人である糾弾!@stangetz88というアカウントさんが、じゃあ俺書くわとすぐさま行動を起こしてくれたわけです。

※なぜ私自身がやらないかと言うと、支持している維新のことであっても個々の議員や役職について全く無知だからです。

結果、日本維新の会幹事長という重役に就く藤田文武衆議院議員より回答をもらったと。まあ、この回答でスッキリできたかということは置いといても、一有権者と公党の重役がSNSを通じて交信できるという実績ができたわけです。

不平・不満を吐き出したり、腹の立つ政治家や支持政党のアンチに罵倒をぶつけり、自分の主張が少数派だと認識するや途端に「ツイッターなんて所詮遊び」「楽しむためにツイッターをやってる」という眠たい負け惜しみを言っても、何の足しにもならないのです。

 

一有権者がSNSで政治家に知のサポートをする

2つ目。

こちらは、「橋下徹氏と上海電力はただならぬ関係」という(どこまで行ってもデマの域を出そうにもない)報道へのカウンターとして、k.noma氏@K1nomachi

が不自然なタイミングで話題に上がったことや情報を整理しても疑惑を持たれるところがないことをnoteにまとめたところ、大阪維新の会所属の大阪府議会議員・横山ひでゆき氏が引用してくれたという経緯です。

k.noma氏いわく、「誰もが知り得る情報をまとめただけ」とのことですが、これはまさしく私がコロナについてやっていたことで、「散乱している一次的な事実をまとめると、二次的な事実(真実)が見えてくる」ということです。それをnote(ブログ)という固定的書面にまとめることで、引用がしやすくなります。

私はかねてより、「政治家はブログやれ!」と叫んでいますが、本当なら議員さんが自分でやらないといけないことだと思います。とはいえ、多忙や怠惰でそうもいかないでしょう。でもその政治家や政党を応援したい、というのであれば、支持者がやれば良い訳です。そしてそれを当事者たる政治家が引用する。

これまた見事です。

 

まとめ

……とまあ、こんな感じで今SNSという武器を得た我々は、情報に翻弄されることもあれば、正しい情報の使い方で民主主義を成熟させることができるし、そのためには教育を…………あ、教育のこと全然書いてませんけど、疲れたのでまたの機会に。

 

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