言論論(1)言論空間の開放性について

学術

むか~し昔、パソコンユーザーがWindowsMeにブチ切れていた頃のお話です。

あるメーリングリスト(以下、ML)という仕組みを使ったコミュニティーで、私は社会問題についてあれやこれや議論を重ねていました。

そのMLには管理者(オーナー)がいませんでした。正確に言うと、管理者の名義には特定の人物の名があるけど、行方知れずだったのです。それでもMLの基本動作はオートマチックなので、特に問題なく動いていました。

しかし、ある時から所謂「荒らし」がのさばるようになってきました。脈絡とは関係のない政治思想の主張と、他のメンバーへの罵詈雑言。それでもレギュラーメンバーは無視してきましたが、その投稿量が物理的に看過できないレベルになってきたので、対策が必要になりました。

本来なら対策は簡単。管理者が警告を発した上で、それでもやめないなら強制退会処分にすれば良いだけです。ところがこのMLの管理者はゴースト状態で、それができません。

 

 

だったらやることはひとつ。「新しいMLを立ち上げる」ことでした。

そうなると次に問題になるのが、「誰が管理者になるか」です。

私はそこで1,2を争うメインスピーカーだったので、「是非管理者に」と推す声がいくつか挙がったのですが、そうはいきません。

法治主義を重視する私がもし管理者になれば、厳格なルールをまず作ります。しかし、それでも、いざ強制退会処分なんてことになると、敵も多い私に「独裁だ!」という声が上がることは目に見えていたのです。そしてそのコミュニティーは「小ライスのML」と呼ばれるようになるわけですよ。

これ、絶対ダメなんです。

コミュニティーはどこまでも開かれており、無色透明でなければいけないのです。

MLには活発に投稿するメンバーがいる一方で、その何倍ものROMがいます。怖くて投稿はしたことがないけど、小ライスさんの投稿はいつも拝読しています、なんてDMがよく届きました。

そこで私は、ROMの中から誰か管理者をやってくれないかと呼びかけました。しかし、怖くて投稿できないような人たちがそんな責任重大な役割を引き受けてくれるわけもなく、結局はレギュラーメンバーから候補者が出て、その人に任せることになりました。

ややお調子者で思慮が足りないところのある彼が新MLを開設したのは良かったんですが、私が見て驚いたのは「過去ログ非公開」設定にしていたところです。

「ちょっと待って、これは何かの間違いですか?」

と私は追及。すると彼は、

「荒らしに見つかりにくいと思って」とか何とか言ってましたが、なんせテキトーな理由です。

私は半分呆れて彼を諭します。

というのも、旧MLは会員にならなくても過去ログが読める「完全公開」状態で、開放感のある空間だからこそメンバーが増えて投稿が盛んになったと確信していたからです。

いわば、でかい会議室の中で多くの人がいろんなことについて話し合っていて、その会議室の開けっ放しのドアからは声が漏れ、外にいる人にも聴こえる状態だったわけです。

それが「過去ログ非公開」設定になってしまうと、入会するまでどんな話をしているかすら分からなくなるわけですよ。

しかも、実際によくあった話なのですが、過去ログ非公開にしておきながら、入会した後にゆっくり過去ログを読んでいると、「入会したのに挨拶投稿もしないヤツがここにいる」なんてことを管理者が言ったりするわけですよ。このように、日本人は放っておくとすぐに「ムラ」を作りたがるんです。

新しい管理者になった彼も「ムラ」を作ろうとしたので、私がガツンと言ってやりました。私は「“小ライス王国”と呼ばれるのが嫌で管理者を拒絶した。ところが過去ログ非公開なんかにしたら、結局ムラになってしまう」と。

なるほど分かりました、と彼は私の意見を受け入れました。

 

そして次の問題。

「皆さんご心配なく。あの荒らしの連中は入会させませんから」と彼。

これにも私は反発。

「最初から特定人物を排除するのは良くない。ちゃんとした規約を作った上で一旦は希望者全員の入会を許可し、問題行動があれば規約に基づいて管理者が警告を発し、それでもダメなら管理者権限で強制退会にすれば良い。新しく入会する人に以前のMLの事情は分からないので引きずるべきではない。むしろこのMLは厳格なルールに基づいて運営されていることをアピールできる」

さすがにこうなると、「小ライス、面倒くせーな」と思う人も出てくるかもしれませんね。

でもこういう手続きというのは非常に大事なのですよ。

たとえ結果が同じであっても、特定メンバーを「法が排除した」のと「管理者が排除した」のではその意味合いは180度変わってきます。

 

結局彼は私の追及がよほどうざかったのかキレてしまったので、私は退会することにしたんですけどね。

 

このエピソードで私が何を言いたかったかと言うと、

・(たとえ自分が中心であっても)とにかく「ムラ」が嫌い

・活発で開放的な議論の場の存在は貴重である

ということです。

さらにこれを掘り下げると、

・自分にとって心地良い空間は、自分を盲目にする

ということになります。

 

誰の、どんな意見であろうと、まずは聞く。

その意見、その情報に価値があるかどうかはその後に判断すれば良い。

私にとっての恐怖は「敵がいること」ではなく、その逆で「敵がいなくなること」や「情報が制限されてしまうこと」です。

味方は私を心地良くしてくれますが、心地良い環境は麻薬に近いものがあります。

敵は私を不快で不安にしますが、知っておかなくてはならない情報を私に教えてくれることがよくあります。

だから私は、めちゃくちゃブロックされていますが、こちらからはいまだ1人としてブロックしていないのです。

私にとって、言論空間が開放されていることは絶対正義です。

 

次回は「私に“仲間”なんていない」というお話を。

 

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