コロナ禍で失われた1万年の命

医療・健康

ワクチン接種を生中継、必要か?

2月17日、朝のワイドショーでは、新型コロナワクチンの国内第一号接種の模様を「速報」として生中継していた。

本当に日本人の頭の悪さには辟易する。あ、外国人が賢いとも思ってないけど。

この、国内で初めてワクチンを接種する様子の中継は、一体何を伝える意図があったのか?どの角度から見てもただ注射しているだけで、わしらは何を見せられとんのじゃ?とポカーンとするばかりだ。

子の自殺者数、最多を更新

一方で、このコロナ禍であってはいけない事象が起きている。

かねてから言われていた、子供の自殺者増加。その2020年通年の数字が出たのだ。

 

その数、479人で、前年比の実に40%増加となる。

あれだけ騒いだ新型コロナ感染症。そのコロナを死因とする未成年の死亡者は1年経ってゼロ。重症者が1人カウントされただけだ。

ところがコロナ“禍”による小中高生の死者は140人。未成年であればもう少しだけ増えるだろう。

マスコミの連中は、大人が注射するところを中継して「痛かった?ねぇ、痛かった?」とわざわざ聞いてその様子を“報道”するが、この子供たちの自殺者についてはどれほど扱ったのだ?

画像1

※画像はTBS『グッとラック』より

失われた1万年

小中高生の自殺者の平均年齢をとりあえず15歳だとして、彼ら世代の平均寿命を90歳とする。すると1人あたり75年分の寿命を失ったことになる。これに140人をかけると1万年分の寿命になる。

今のイワユル「コロナ死亡者数」にカウントされた人達の死亡時平均年齢は公表されていないが、概ね平均寿命近くだ。仮に平均寿命より2年若いとしても、80歳から82歳の2年間と15歳から17歳の2年間ではその比重は比較にならないほど違う。

老人差別?いやいや、私は老人の域ではないにしろ、白髪の生えるおっさんだが、私個人の経験でも小学校の1年間は今の10年間に相当するほど重みがあったと感じる。

今7000人超を数える「コロナ死亡者数」は、そもそもからして「コロナで亡くなった人」がどれほどいるか分からない統計なのだが、仮に全員がコロナで亡くなっていたとしても、そこに平均寿命から算出される失われた寿命をかけたところで、子供のそれとは全く別次元の数字になるのである。

「コロナ怖い派」のナンセンスな主張

「コロナ禍」が始まって1年経つが、いまだに巷間では「コロナ怖い派」と「コロナ怖くない派」のバトルが展開され続けている。私は直接的にはどちらでもないが、間接的には後者になる。

「コロナ怖い派」は、感覚的にその根拠を得やすい。

「だって人が死ぬ感染症なんだよ!?予防して当たり前じゃん!」

「皆で決めたルールじゃないか!一丸となって終息に向かおうとするのが日本人だろう!」

どこまでも「感覚」に過ぎない。そもそも「コロナは恐ろしい感染症である」と結論付けるためには、数字が必要なのだが、

「インフルエンザで毎年1万人死んでますけど、なぜこれまでは“自粛”しなくてよかったんですか?」

こう聞いても怖い派の人達は絶対に答えてくれない。たまに返ってくる答えは、

「コロナでどんな死に方をするか知ってるのか!」

と、どういう訳か今度は「死に方」を問題にしてくるのだ。

そんなこと知るか。

じゃあアンタは、インフルエンザ脳症で死んだ2歳児の最期の1週間を見届けたことがあるのか?
新型コロナ以外の肺炎で亡くなっている毎年10万人の死に方を知っているのか?
仮にそれらが「楽な死に方」だとして「だから問題ない」とでも言うのか?
「140人の子供たちは自分たちで死を選んだのだから問題ない」とでも言うのか?

あまりにアホ過ぎる。

人を生かすのは科学ではなく物語

人間はパンのみに生きるものにあらず。むしろ人間を生かすのは「物語」である。

人は人智の及ばない現象に恐怖する。だからそこに「物語」を挿入して、自分たちの行いと人智の及ばない現象を繋げようとする。

火山が噴火したら子羊を殺して生贄とし、干ばつが起きたら皆で踊って雨乞いをする。これらは自然現象というその時点でメカニズムが解明されていない超常現象を何とか自分たちの行いと繋げて安心するためだ。それでも自然災害が収まらなければ「我々の神への信仰心が足りないからだ」という物語を作る。

夜、月を見ればうさぎが餅をついている。満月の程よい光は酒を飲んだり団子を食べたくなるくらい心地良く網膜に入ってくる。しかし、その月を照らしているのは太陽の1%にも満たない光エネルギーである。月は心地良いが、太陽は直視に堪えないほど刺激が強い。

自分たちの知恵が及ばないという都合の悪い現実は太陽である。それよりもそのほんの一部の反射光でしかない月に物語を描いて得心するのが情報弱者である大衆だ。

今コロナについて生じている分断、すなわち、「月しか見ない人」と「黒いフィルムを使って太陽を観察している人」の対立という側面がある。

 

気の緩みが感染者を増やした

 

 

毎年この季節、インフルの患者増えてますよ?

 

 

緊急事態宣言のおかげで感染者が減った

 

 

発出前から感染ベースは減少トレンドに入っていたことが分かってるんですが?

 

こういうやり取りを未だに続けているのだ。

子供が死んでメシが美味いか?

つい2週間ほど前、関西ローカルのある情報番組で、橋下徹氏がセンモンカである関西医科大の宮下教授に「緊急事態宣言前から実効再生産数は減ってるという疑問が」と問うたところ、その最も大事な部分には答えずベラベラと中身のない回答をしていた。

このような光景はここだけではない。

別の情報番組では、名前も忘れたが、ある医師が「まだまだ緊急事態宣言は解除できない」と主張するので、MCが「では感染者がどのくらいまで減ったら解除しても良いと思いますか?」と聞くと、黙り込んでしまったのだ。

ツイッターでは、いやしくも薬のプロであるドラッグストアの店員(登録販売員)が、堂々と「イソジンはコロナウィルスを殺さない」というとんでもないデマを流す始末。

先述の通り、私は【直接的には】コロナ怖い派でもないしコロナ怖くない派でもない。コロナの怖さを判断するためには簡単に得られる統計が公表されていないのだ。

それは「コロナ死亡者の死亡時平均年齢」と「無作為PCR検査」である。前者は数字を整理するだけなので医師会または厚労省がその気にさえなれば今日できる。後者も1週間にたった5千~1万人程度採れば十分だ。後者のデータは、「コロナ死亡者数」と「死因に関係ない日本人全体の死亡者数」の2つと組み合わせることによって、「実際、コロナでどれだけの人が亡くなっているか」という指標が完成する。

これらのデータさえあれば、自称センモンカがうだうだ言う必要など全くないのだが、政府も医師会も全くやろうとしない。尾身氏もそこには言及しない。マスコミも指摘しない。ネットメディアあるいは地上波の端っこの方で本当の識者が指摘しているが、大きな声にはならない。

政府は何かを決断して責任を追及されたくない、医師会は利権を守りたい、マスコミは恐怖を煽って視聴率がほしい。その結果、多くの女性と子供たちが精神を病んで自殺に追い込まれ、そしてこれからは現役生産者層が自殺することになる。

君らはそれで美味いメシが食えているのか?

科学を放棄した怖い派の諸君も同罪である。

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