「クビを切れない社員を雇うのはリスク」←当たり前ではないか。

竹中平蔵 政治・経済
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#竹中平蔵を政治から排除しよう

のハッシュタグで目を血走らせて竹中平蔵の悪口を書いている人たちを眺めての私の感想ツイートまとめ。

※画像はWikipediaより。


竹中氏の政治的主張が自ら経営する事業と密接にリンクしていることは間違いないし、彼が清廉であるわけでもない。が、だからと言って竹中を叩くのはバカのやることだ。

アンチ竹中は「首を切れない社員など雇えない」という発言にひどくお怒りのようだが、では普通の雇用者はこういう考え方を持っていないとでも思っているのか?だとしたら認知症レベルのお花畑というしかない。

企業経営者の行動原理は言うまでもなく「なるべく会社がたくさん儲けて、なるべく長続きする」ことが目標になる。そして結果としてそれが社会貢献にもなる。その原理において「首を切れない社員の存在」はリスクに他ならない。

人件費が負担になって会社が倒産してしまっては、被雇用者にとっても「就職先が減る」ことになって、元も子もない。カルロス・ゴーンの日産大リストラは大批判を食らったが、結果業績回復をして全体としては雇用を守ったというメリットの方がはるかに大きいだろう。

「終身雇用」「新卒一括採用」なんて考え方は人口増加トレンド下の、嫌でも経済成長する状況においてこそ正義なのであって、今の日本はとっととこの考え方を捨てないと経済レベルはどんどん下がる。

「会社は社員を守るものだ」「終身雇用が当たり前」なんていうカビの生えた考え方は結局自分の首を絞めることになる。「解雇」を絶対的な悪として思考停止しまっている昭和の原理。

「非正規雇用=悪」であるなら、「非正規雇用ゼロ」の社会が理想だとでも言うのだろうか。で、結果失業者が増えたらどうなる?全員雇用しなければいけないという法律でも作るか?21世紀に完全な社会主義国を目指すのか?アホか。

解雇されることは直ちに悪ではない。次の雇用さえあれば困らないのだ。もちろんすぐに次の雇用先が見つかるとは限らない。それは本人も能力の問題もある。だから竹中はベーシックインカムをセットで提唱している。

誤解されがちだが、竹中平蔵のベーシックインカムは、「他の社会保障はいっさいなし」ではない。それはBIのひとつのモデルだって、氏の提唱するものは違う。これに関しては竹中氏ももう少し丁寧に説明すべきではないか?


捕捉。

「日本は最も成功した社会主義国」と言われたのも、今は昔の話。「会社は社員のもの」という価値観は、【当時は】良かったのでしょうが、経済がグローバル化し、バブル崩壊と少子高齢化でどんどん相対的にその力を落としていく日本においては、ただただ墜落の速度を増すための呪いの言葉でしかありません。

つまるところ、問題なのは個人の経済格差であり、その格差を埋めるために、「クビを切るな」とか「最低賃金を保障せよ」みたいな発想が出てくるのだと思いますが、ま~このハッシュタグに集まってくる連中の幼稚なこと。

「首を切れない社員を抱えるのはリスク」

これ、企業経営者なら皆当たり前に思っていることであって、逆にこういう意識がない経営者は失格なのですよ。竹中平蔵はその、極めて常識的な当たり前のことを口にしたことで批判されているわけですが、じゃあ竹中が言わなきゃそうじゃないとでも思ってたのか?って話です。

仮に竹中氏のこの発言が間違っているとして、だったらどうしろと言うのでしょうか?ツイートにも書いたように、日本社会から非正規雇用を完全排除しろってこと?そんなことどうやってやるんですか?今より減らせば減らした分日本全体が幸せになる?いやいや、それこそその少数の非正規雇用にしわ寄せがくるだけですよ。

 

問題の本質はあくまで【結果的な貧富の格差】であって、雇用というのはその途中の経緯でしかありません。年収100万円の日本人と年収1000万円の日本人がいたとして、現行制度ではそこに大きな貧富の差が生じるわけですが、だったら最終的に格差を埋めるような制度を国や自治体が作れば良いだけのことで、その原因を「非正規雇用」に見出すというのは、極めて近視眼的で、幼稚としか言いようがありません。

結果として貧富の格差を埋めようという発想の下に、竹中氏は「ベーシックインカム」を提唱しているのですよ。

で、これは私の主張ですが、「非正規雇用をなくす」のではなく、その全く逆に「正規雇用をなくす」方が方向性としては正しいのです。正規雇用の何が経営者にとってリスクになるかというと、社員の社会保障を負担する義務が生じることと、労働基準法によって簡単には解雇できないということがあります。

つまり、一旦正社員として雇ってしまうと、そいつの無能が発覚しても、給料は払い続けなければいけないし、厚生年金を半分負担しなければいけない上に、簡単にクビにはできません。これのどこが良いことでしょうか。

こういった制度の犠牲者が、団塊ジュニアから数年間のいわゆる「ロスジェネ」世代であり、新卒一括採用という習わしとも相まって、スタートで躓いた彼らの一生は悲惨なものになっています。彼らのうち有能な人材がたくさんいたとしても、バブル期にその上の無能な人間をたくさん雇ってしまったために、バブル崩壊後に枠が全くなくなって、採用は見送られました。

この事で損をするのはロスジェネだけではありません。有能な人材が地下に埋もれ、会社の基幹部分に入り込めないことで、会社も損をし、ひいては日本全体が大損をこいているのです。想像力のない人にはこれが理解できないのでしょう。

雇用の時点で【公平な社会】を実現しようとするバカげた発想(最低賃金を政府が補償)を公約として掲げているのがれいわ新選組で、その詳細はこちらの記事に書いてあるのでどうぞご覧ください。

私の主張は、現行制度の「最低賃金」制度すら要らなくて、時給を1万円だろうが100円だろうが、雇用者は自由に設定できるようにすりゃ良いというものです。結果、収入が極端に低い人には「負の所得税」で、最低限の生活に足りない分を政府が補償してやる。社会保障も100%政府あるいは自治体がやる。企業はただ利益を追求して自由に人を雇い、自由にクビにできる。つまり、雇用を水のように流動化して、仕事がなくなってもすぐ次の仕事が見つかるような社会を作る。見つからなくても「負の所得税」(あるいはベーシックインカム)で生活はできる。

こういう社会を作っていかないと、日本は立ち行かないのですよ。

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