日常的に喧嘩をする夫婦が犬を飼っても良い?

ミニチュアダックス3 しつけ
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飼い主に共鳴する犬

Yahoo!ニュースにこんな記事が。

犬が脚を引きずって歩くので獣医に診せたところ、何の異常もなし。どうやら脚を怪我して引きずっていた飼い主のマネをしていただけでした、というもの。心理学で言う「行動伝染」ってやつですね。

これを「微笑ましい」と感じるか「滑稽」と感じるかは人それぞれでしょうが、少なくとも人間が思っているより犬は人間を見ているということが分かります。

なので私は、当ブログで「犬はちゃんと見てるんだから人間はちゃんと挨拶しなさい」と主張しております。

人間が「こんにちは」と言ったところで、犬が「こんにちは」と言うわけではありませんが、犬は人間の感情に共鳴します。人間が「こんにちは」と言う時、たとえその作業が機械的なものであっても、人間の心理は「社交モード」に切り替わり、ポジティブなオーラを放つようになります。犬はそのオーラに共鳴し、「相手の人は怖くない」と言うことを学習します。

挨拶は人間の社会的行動を分かりやすく象徴するものですが、もちろんそれ以外の振る舞いも犬はしっかり見ているし、常に人間の感情に共鳴しています。

 

日常的にケンカをする夫婦だけど犬を飼っていい?

さて、教えて!gooにこんな質問が。

「子供のいない夫婦だけど月1で怒鳴り合いのケンカをする。こんな夫婦が犬を飼っても良いか」

という質問です。

私が回答するとすれば、「ダメに決まってるでしょ」です。

夫婦喧嘩をすることが問題だと自認しているだけ随分マシではあるんでしょうが、自認しているなら夫婦喧嘩をしなくなるよう努力すべきです。

回答の中には「犬に八つ当たりさえしなければいい」なんて人もいますが、要するに自分もやってるけどそれを正当化したいだけの無責任なアドバイスです。

そもそも定期的に喧嘩をするということは夫婦が揃って理性が足りないことの傍証です。犬の飼育・しつけに最も重要なのは愛情ではなく理性であり規律です。理性の欠如した人間が一方的な愛情で犬を飼うなんてことは絶対にしてはいけません。これを機に、夫婦間で「感情をぶつけ合う」のではなく、「話し合って問題を解決する」ということをやってみれば良いのではないでしょうか。

「夫婦喧嘩は犬も食わない」と言いますが、これって「犬にとって興味がない」のではなく、「犬にとって毒」だからですよ。

 

さらにそもそも、もはや犬の話と関係なくなっちゃいますが、頻繁に喧嘩をする夫婦って、その内容に関係なく男が悪いんですよ。それを含めて上手くいってる夫婦ってことであればそれで良いじゃないですか。子供作らず、犬も飼わず、であればね。そうでないなら男が悪い。たとえ言ってることが正しくても喧嘩を始めた時点で男が悪いんです。

なぜなら「話し合い」は論理のすり合わせですが、「喧嘩」は力の衝突であり、その時点ですでに暴力だからです。暴力はエスカレートし、その先には物理的な暴力があります。そうなると男が勝つに決まってます。物理的暴力は全てを破壊する、言わば「家庭内の核兵器」です。一方の女性は、割と気軽に言葉と言う化学兵器を使ってきますが、これは無視できます。嫌なら別れりゃ良いし、関係を続けるなら我慢すべきでしょう。


頭の良い犬は人間のマネをする

冒頭で紹介した犬は、なぜ飼い主のマネをして脚を引きずるのでしょうか。

それは分かりやすく言えば、この犬が「相当に頭が良い」からです。「頭が良い」=「良い犬」と言い切れないところもあるのですが、少なくともこの犬は人間と親和性が非常に高い。

人間との親和性が高い犬とはどういうことかというと、「常に人間の指示を待っている」ということです。アジリティーやドッグダンスをするような犬はこういう性質を強く持っています。で、飼い主が脚を引きずっていたら、それが「指示」だと思ってやっているわけですよ。

もちろん犬には犬種差もあれば個体差もあり、その知能にも性格にも違いがあります。が、この犬が示しているのは、全ての犬が共通して持つ基本的な習性だと言えるでしょう。あとは度合いの差だけで。

オオカミという元々社会性の強い動物を、さらに改良に改良を重ねたのが今の多種多様なイヌの姿であり、その改良とは身体能力に加えて人間との親和性という性格面も重視されていますから、当然ながら人間に懐きやすくなっています。

人間への懐きやすさと言うのは、人間への関心度に言い換えることができます。この犬の場合、人間への関心度が極めて高く、常に人間を見て、指示を待ち、時にマネをするわけですよ。

 

犬は安定を好み、不安定を嫌う

そういった習性を持つイヌという動物に対してやってはいけないことがこれ。

その姿が一見すると「犬にやさしい」という画になってしまうために信じてしまう人も多いのでしょうが、犬に提案したり、犬と交渉したりするのは厳禁なんです。

常に指示を待つ犬にとって、正義とは飼い主が作り上げた規律のことです。

人間と犬の間に主従関係がなければならないのは、エセトレーナーが主張するような「人間が偉そうにしたいだけ」などではありません。人間が自由でいられるのは法律というルールがあるからであり、その法律は立法府という強大な権力者が制定するものです。ミンシュシュギとかギカイとかいう概念のない犬にとって、「強大な権力者」とは飼い主のことであり、「法律」とは飼い主の言うことに他なりません。この前提において飼い主は犬の「ボス」であり「監督者」であり、またあらゆる厄災から犬を守る「保護者」たりえるわけです。

その主従関係は、エセトレーナーがイメージするようなジャイアンとスネ夫のような関係ではありません。ジャイアンは常に恣意的で暴力的ですが、犬にとっての人間は「理性と力を併せ持つ存在」でなくてはならず、「正しいけど弱々し」くてもダメだし、ジャイアンのように「強くても悪い」ような存在であってもダメなんです。

強く、言動が一貫していて、その振る舞いには常に理性と穏やかさが伴う、犬にとって最も安定した存在でなければいけません。

 

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