うちの犬が死んでしまったら……

しつけ
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私の生活から犬がいなくなったらどうなる?

振り返ってみると、子供の頃から人生の大半を犬と一緒に過ごしてきました。

そして今いる2匹の犬が、同居する犬としては最後になります。今この2匹はすでに平均寿命を迎えているので、長くてもあと数年で私は「犬の飼い主」を卒業することになります。

どんなに疲れて帰ってきても、雨が降っていない限りは散歩に行くという日課や、2週間に1度餌を手作りするという義務からも解放されます。冬になれば当たり前のように脇に犬を抱えて寝るという習慣もなくなります。

……といったセンチメンタルな話は置いといて、私が犬を飼わなくなったらもう一つ、割と重大な変化が起きることに気づきました。

それは、「犬の問題行動を抱えるよその飼い主へのアドバイス」をしなくなる、ということです。

犬を飼うということは、犬の散歩をしたり、犬関連の催しものに出かけたりするということです。すると当然、よその犬(とその飼い主)との交流が生まれます。そこには問題行動を抱えた犬もたくさんいます。

かねてから言っているように、私は自分から「それは問題行動だから治しなさい!こうするんです!」と教えるようなことはしません。そもそもそれを問題行動と認識できていない人はどうやったって治りませんから。困っていることを口に出した飼い主に対しそれとなくアドバイスしたり、明確に相談してくる相手にがっつり指導するのみです。

 

バカ飼い主に飼われる不幸な犬の運命

さて、自分の飼い犬がいなくなると、こういうことが起きます。

(1)そもそもよその犬との交流がなくなる

犬がいなければ少なくとも「犬の散歩」はしようがありません。犬関連のイベントに出向くこともないでしょう。例えば、初めて会う犬が距離を置き、こちらの犬に対し警戒心を見せていながら、飼い主さんは「本当は仲良くしたいんだけど…」ってな顔をしているという場面。本当によくあります。自己中心的な飼い主はよその犬を見るなり飼い犬を抱っこして違うルートへ逃げていきます。これは問題外。でも、飼い主さんが「本当は友達にしてほしい」という顔をしているなら(これはもちろん私の判断ですが)、「挨拶させましょうか」とこちらから近づいていきます。

(2)犬という最高のドッグトレーナーがいなくなる

で、(1)の続き。病的な怖がりの犬や無駄吠えをする犬に対して最も効果的な治療法は、「落ち着いた犬に触れさせる」ことです。「挨拶させましょうか」と言って近づくと、大人しくなる犬となお吠え続けたり逃げようとしたりする犬の2つのパターンに分岐されますが、後者の場合、うちの犬を持ち上げて頭とお尻を逆にし「ほれ、匂いを覚えなさい」とお尻の匂いを嗅がせてあげます。犬は別個体の犬のお尻から「個人情報」を知ることができ、この作業が挨拶になるわけです。

「何物にも怯えたり、何者も敵視したりしない、落ち着いた犬の感覚に共鳴させる」以上のトレーニングはありません。社交的で落ち着いた犬は、どんな優秀な人間のドッグトレーナーよりも優秀なドッグトレーナーです。だから私は常々、「しつけが心配な人は小さいうちにとっととドッグランに放り込め」と主張しているのです。

 

ひとつの出会いで犬の人生が変わる

「私」あるいは「私が飼っている犬」という主体で話をするなら、「飼っていた犬が寿命を迎えて死ぬ」「私の生活から犬が消える」というだけのことです。しかし、主体を「私あるいは私の犬に触れるよその犬」にしてみると、結構重大だったりするのですよ。

というのも、もし私が先述のようなケースで無視をしていたら?私の代わりに誰かが犬のコミュニケーションを教えてあげる人がどれほどいるだろうかと考えると、おそらく極めて少数なんですよ。それも当たり前で、
「下手に近づいてギャンギャン吠えられて近所迷惑になったら」
「もし噛みつかれたら」
「大きなお世話だと嫌な顔されたら」
てなことを想像してしまうと、私のような出しゃばりでもない限り、なかなか近づけないものです。近づける人がいたとしても、単に【人間同士の】コミュ力の高い人同士だったりして犬のことを理解していないこともよくあります。

するとですね、私と私の犬が無視してしまうことによって、そのお相手の犬はまともなコミュニケーションを知ることがないまま成長し、15年なり20年なりの人生を終えてしまうことになりかねないのです。逆に、たった一度でもそういう経験をしたことがきっかけでコミュニケーションのパターンを覚え、社交的な犬に大変身することもあります。

子供の頃から犬は飼っていましたが、「犬のしつけ」とよその犬の存在に対し明確に目を向けるようになったのは、数年前に亡くなった犬を飼い始めてからです。それは飼い始めた時にすでに私がおっさんだったからで、自分がどうなっても良いように飼い主に依存しない犬にしようと思ったからです。同時に、よその犬がどう育てられているかもよく見えました。そこからの20数年の間、アドバイスや指導、あるいはそういう形ではなくともステルスで(総数ではどのくらいになるかも分かりませんが)よその犬に対しては良い影響を与えてきたと自負しています。

 

それでも人は犬を買い続ける

私が犬を飼わなくなったところで、今の日本では犬は人に“買”われ続けます。なんとも空しい話です。「犬猫の生態販売は良くない」という意見に反論をぶつけられる犬の飼い主はどれほどいるでしょうか。分かっていてもペットショップやブリーダーから犬を買うダメな人達、それを規制しようともしない政治。

口から出るのは悲嘆ばかりですが、ともかく、「飼い主である私」はあと数年。もし自分の犬を幸せにしたい!という飼い主さんは、街で雑種2匹を連れている役所広司似のナイスミドルを見かけたら思い切って声をかけてみてください。相談されたらいくらでもお答えしますので。

あ、なんかうちの犬たちがもうすぐ死ぬみたいな感じで喋ってますが、まだ走って公園に行くくらい元気ですから。

次に犬小屋ブログで投稿する予定の記事は、内容がかなり過激になると思います。

ではまた。

 

 

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