【犬との生活】その“当たり前”は大間違い!

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犬のことをあまりよく知らない人が犬を飼い始めると、周りで今犬を飼っている人のまねをすることになります。

それが当たり前だと思い込んでしまうわけですよ。

でも私から見れば、そんなことマネしたらあかんで!ということがたくさんあります。

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「犬にはハーネス」という当たり前

今や犬には首輪ではなく、ハーネスがスタンダードになっています。

一見首を絞めつける首輪より、上半身を包み込むようなハーネスは優しく見えて、精神的な抵抗がありません。

気持ちは分かりますが、ハーネスは使わないでください。

私もちょっと前まで「なるべくなら使うな」くらいに言っていたのですが、最近では周りでハーネスによるトラブルがあまりに目立つので「絶対に使うな」と言うようになりました。

犬ハーネス

ハーネスではしつけができない

その理由のひとつが、「犬をしつけることができないから」です。

シーザー・ミランはしつけのために必ずスリップリードを使いますし、日本のテレビではあるトレーナーが「ハーネスは犬をバカにする道具」とまで言い切っています。

最近私の知り合いで、犬の様子から私が「ハーネスはすぐやめた方が良い」とずっと忠告していた飼い主さんがいたのですが、案の定、割と重大なトラブルを起こしてしまって、その後は首輪に替えました。

すると「落ち着くようになった」「付いてくるようになった」とその変化を肌で感じているようです。

詳しくはここでは割愛しますが、一見犬に優しく見えてしまうハーネスは、実際にはまったく逆で、犬を無暗にソワソワさせ、時に凶暴化させてしまう拘束具なのです。

ハーネスは抜ける!

これまた一見、首輪よりも拘束力が強く見えてしまうハーネスですが、いとも簡単に抜けてしまいます。

運よくサイズがちょうどピッタリだとその可能性も低くなりますが、それでもスリップリードなんかに比べたら危険性は残ります。

 

「犬に服を着せる」という当たり前

「防寒」「直射日光を遮る」という合理的理由ならともかく、今はそんなこと関係なしに、犬に人間と同じように服を着せるのが当たり前になりつつあります。

うちの犬だって、あまりに寒い日には服を着せることもありますが、その機会はわずかなものです。

じゃあ犬に服を着せると何がいけないのか?と言うと、単純に鬱陶しいからです。

犬はとにかく運動がしたいのに、服はその邪魔をする障害物にしかなりません。特にフード付きの服は可愛いので人気がありますが、これ犬からしたらめちゃくちゃ鬱陶しいですよ。意味もなく頭が重くなりますし、首の可動角度にも影響します。

犬はアクセサリーではありません。着飾らせて喜んでいるのはあなただけなのです。

「エサを規定量与える」という当たり前

「うちの子はなんで太るんだろう……」

「エサをやり過ぎてるからでしょう」

「でも規定量ですよ?」

この頭の悪い会話を今までどれほど繰り返したことか。

考えてみれば規定量というのはあって当たり前なんですが、それはとりあえず決められた量のことであって、フードのメーカーはその犬の犬種や体質も知らずに書いているのですよ。

人間だって痩せの大食いもいれば、たいして食べないのに巨漢という人だっています。

柴犬の食事

私は規定量というものを今まで一度も見たことがない(参考にしたことがない、のではなく、本当に見たことがない)のですが、スタイルは理想的ですよ。

それも当たり前で、「あ、体重増えたかな」と思ったら減らすし、痩せたと思ったら増やすだけです。

 

もう一度言います。「規定量」はあくまで「とりあえずの標準値」であって、メーカーの人はあなたの犬を知りません。あなたの犬はあなたが観察し、管理してあげてください。

 

「犬はケージに入れるもの」という当たり前

犬ケージキャバリア

これは多分に私個人の感覚でもあるのですが、私は閉じ込められたり拘束されたりする犬を見たくないのですよ。なんで「家族」をどこかに閉じ込めようとするのか、全く分からないのです。

「だってケージに入れておかないと電気コードや家具を咬むから」

なるほど、しつけの失敗ですね。

イタズラするからと言って閉じ込めると、外に出された時の高揚感は一層強くなり、その高揚感のはけ口として、あるいはストレス解消行動としてまたイタズラをするようになります。

普段から自由であれば「自由を謳歌するような行動」をとることもありません。

家の中でフリーでいることがナチュラルでない状態にしてしまっているから、ケージに閉じ込めなくてはならなくなるのです。

 

しかし、だからといって、これまでケージがあることが当たり前だった犬を突然外に出して留守番させられるかというと、まず無理でしょう。

だったらどうすればいいか?

と聞かれたら、「しつけの基本からやり直すしかない」と答えます。手っ取り早い対症療法なんてありません。

 

「犬にはリードを付けるもの」という当たり前

何を物騒なことを!と騒ぎ出す人がいるでしょうが、物凄く重要なことです。

誤解のないよう最初に大きな趣旨を言っておくと「犬にリードをつけてはいけない」ということではなく、「家の外で一切リードを外せないのは異常」ということです。

ケージの是非にも関連しますが、犬は「拘束状態にしておくのがデフォルト」が当たり前になっていることって、実は物凄く怖いことなのです。

ノーリードについては結構大ネタなので、詳しくは別の投稿に書くとして、ここでは要点だけ。

リードが「離れてしまった」場合にどうするの?

リードを付けることを大前提にしてしまうと、いざリードが手から離れてしまったり、金具が壊れてしまったり、首輪やハーネスが犬の体から抜けてしまった場合に大騒ぎすることになります。

なんせリードを付けない状態での制御の仕方を飼い主が知らないわけですから。

実際に最近、ハーネスが外れてしまったけど飼い主自身が自分の犬を怖がって制御することが出来ず、他の人間が咬まれる覚悟で抱き上げたら実際に流血を伴う怪我をさせられたなんてことが私の身近にもありました。

ヘタすると「こいつ、まだ自分の名前わかってないんじゃ?」と疑ってしまうケースも多々あります。リード付けてたら名前を呼ぶ必要するないわけですからね。

走る犬

リード付けたまま運動できる?

チワワですら成人男性並みの走力を持っているのに、リードを付けたままどうやって運動させるのでしょうか。

この記事に大方書いてありますが、我々人間は「犬の運動」を勝手に定義してしまっているのですよ。リードに繋いで30分ほど外を歩いて「ああ、良い運動になった」と。

犬にとってそんなものは運動でもなんでもありません。

感情コントロールできない犬になりますよ

犬にリードを付けることが絶対のマナーであると思い込んでいる正義の人にとっては、シーザー・ミランが街中でリードを外しているところなんかを見ると発狂モノでしょう。

しかしリードを外すという行為は、犬の精神的成長には非常に重要な意味を持ちます。

シーザーのようなしつけスキルを持っている人にとって、犬が「見えないリード」から離れることはありません。

うちの犬もそうです。

これまた細かい話は後回しにして大雑把なことだけを言うと、犬は拘束されている状態にこそ不穏にになるのです。

じゃあどこでリードを離すの?

そう、これが最大の問題なのです。

昔と違って今は人間がものすごく不寛容です。1億人が「嫌だ」という権利を主張する社会になってしまいました。人間の子供がボール遊びするのにもケチがつけられるのに、公園で犬をノーリードにするなんてもっての外。

だったらドッグランですね。

いや、しかし…ドッグランなんてどこにあるんですか!(『火垂るの墓』の清太風に)

ないんですよ、ドッグランが。

広い公園なんていくらでもあって、そこにフェンス設置してくれるだけで良いのに、それもやってくれません。

動物愛護法には、「犬の習性を理解して適切な運動をさせろ」みたいなことが書かれていますが、そんなのは格好だけ。行政はドッグランなんて作ってくれないのです。

といって、公園でリードを外すこともできず。

というわけで、「犬は飼うな」と結論せざるを得ないのです。社会が祝福してくれないのに、あなたの勝手で犬を飼うというのはいかがなものでしょうか。

そんな身も蓋もない、全く救いのない結論で良いのかって?

じゃあこのノーリード論については日を改めてがっつり書くつもりですので、お楽しみに。

 

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