俺の平成電脳戦記(1)ー2  インベーダー世代のゲーム達

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インベーダー以外にどんなゲームがあった?

質問箱でリクエストを頂いたので、今回は「インベーダー世代のゲーム達」について書こうと思います。

具体的には、インベーダーと一緒にフロアに置かれていた、大体同世代のアーケードゲームをご紹介しようかと。

 

その前にざっくりおさらい。

まず、『PONG』ありき。

PONGより以前をそもそもよく知らないのですが、いわゆる現在の「ビデオゲーム」の祖、のような存在ではあると思います。とりあえずこのPONGを起点として、その後の主要タイトルを時系列で並べるとこうなります。

1972 ATARI『PONG』(アーケード)
1974 タイトー『スピードレース』
1976 ATARI『Breakout』(ブロック崩し)
1977 任天堂『テレビゲーム15』 ATARI『Atari2600』 エキシディ『サーカス』
1978 タイトー『スペースインベーダー』
1979 ナムコ『ギャラクシアン』
1980 ナムコ『パックマン』 日本物産『ムーンクレスタ』
1981 任天堂『ドンキーコング』(アーケード)
1983 任天堂『ファミリーコンピュータ』

ざっとこんな感じ。

PONGからインベーダーへのシステム的な系譜

『PONG』はただの棒であるパドルを操作して、卓球?テニス?エアホッケー?みたいな球の打ち合いをするゲームだったわけですが、『Breakout』はその相手を「無数のブロック」にしてそれに球を当てて消すゲームにアレンジしたものです。これが日本で言う「ブロック崩し」です。

さらにそのブロック崩しから着想を得て、ブロックの隊列が動くようにし、パドルを戦闘機にし、その戦闘機から一方通行のミサイルを当てるゲームにしたのが『スペースインベーダー』です。

そのスペースインベーダーから『ギャラクシアン』『ムーンクレスタ』などが派生したことを考えると、実はPONGはシューティングゲームの祖でもあった……?などと考えることもできます。

いや、本当はシューティングゲームは他にもあって、それぞれが複雑に絡み合って進化していくのですが、PONGからの流れは非常に分かりやすい系譜なんですよね。

 

さて、前回紹介していないゲームを紹介していきます。

タイトー『スピードレース』

当時、

当時、ホテルの大浴場の隣なんかにあったゲームコーナーに必ず鎮座し、物凄い存在感を放っていたベストセラーレースゲームです。動画はバリエーションのひとつ『デラックス』です。

45年くらい前の代物ですが、ひょっとしたら今でもどこかで現役稼働しているかもしれません。

私も数年前にどっかのサービスエリアに置いてあってプレイしました。

 

ブロック崩し

言わずと知れたブロック崩しですが、これはATARIのオリジナルバージョン。オリジナルのさらにオリジナルはモノクロでした。

喫茶店をやっていた我が家には、家に引退させたブロック崩し(多分タイトー製)が置いてあってやり放題でした。

ついでに、十数年後に発売された『アルカノイド』もどうぞ。

エキシディ『サーカス』

これまたブロック崩しのアレンジバージョンで、私はめちゃくちゃ好きだったゲーム。といってもクローンゲームがいくつか出ていて、私がやったのはセガの『シーソージャンプ』だったか……。何にせよどれもほとんど同じで、この人間が空高く放り投げられるシュールな画が大好きだったんですよ。

日本物産『ムーンクレスタ』

これも売れていたようで、よくお目にかかりましたし、よく遊びました。

見てお分かりのように、ナムコの『ギャラクシアン』を強烈に意識しています。インベーダーからすると孫にあたりますね。

ギャラクシアンにしろムーンクレスタにしろ、まだコンピュータに拡大・縮小・回転などの機能がない時代にソフトウェア上でそれを再現し、曲線的な動きを表現しているのは素晴らしいですね。

特筆すべきはプレイ中も「日本物産株式会社」となんと漢字でメーカー企業名が常時表示されているところ。これはオリジナル作品なんだぞ!とアピールしたかったんでしょうか。

 

『スペースインベーダー』

前回紹介したインベーダーの動画はカラーバージョンですが、白黒バージョンもあって、私は白黒バージョンの方が好きだったんですよね。

ちなみにうちに置いてあったのは、白黒バージョンと、白黒にカラーフィルムを貼った疑似カラーバージョンの2つでした。

 

「ゲーセン」の誕生

さて、インベーダー全盛の時代、インベーダーができる所は喫茶店だけではありませんでした。あまりの大ヒットにインベーダーとその関連作品だけをずらーっと並べた「インベーダーハウス」なる施設が全国各地にオープンしました。

これが「ゲームセンター」の始祖となるもので、この後に発売される『ギャラクシアン』『パックマン』あたりから「ゲームセンター」の呼称が使われるようになったと記憶しております。

当時のゲーセンにおける主役は、ギャラクシアン、パックマンの他に『マッピー』や『ゼビウス』を発売するナムコでした。

超高性能家庭用ゲーム機『ファミリーコンピュータ』の発売が1983年であることを考えると、短い期間にビデオゲーム界は激動していたんですね。

 

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