大学生の頃。
あまり会いはしないが気の置けない友人の一人と学校から駅まで一緒に帰ることになった。
ゲーム好きだった彼は、「ゲーセン寄ってかないか」と誘ってきた。帰り道に小さなゲームセンターがあることは以前から知っていたが、『スト2』ブームでゲーセンに近寄ることのなかった俺。もちろん興味がないわけではない。友人から誘われれば行く。大学生なんて暇なものだ。
という訳で入店したそのゲーセン、ちょうどその日に新しいゲームの入荷作業中だった。店長が筐体の蓋を開けてコイン挿入のチェックなどしながらテストプレイをしている様子。
最近のゲームには疎い。さほどの興味はないが、最新アーケードゲームというのはどんなものだろう………
!!!!!
な、なんだこれは……?
ポリゴン…ポリゴンだと!?
ポリゴンで……人が動いているのか……?
しかも、『アウターワールド』のような2Dではなく、動的に視点や縮尺が変わる完全3D……!?
その時、俺はすでに小便を何滴か漏らしていた。
何かの間違いかと目を疑いながら、瞬きもせず店長のプレイを凝視した。
いや、どれだけ見てもポリゴンだ。タイトル画面にはデカデカと「SEGA」のロゴ。あのセガが、ポリゴンで格闘ゲームを作ったのだ。
タイトルはV…I…R…T…VIRTUA FIGHTER、『バーチャファイター』。なるほど、確かにここまで来ればバーチャルだ。
テストプレイを終えた店長が席を立ち、筐体を一般開放。
慌てて財布から50円玉を出した俺は、すぐに席に着き、その店第一号バーチャファイター一般プレイヤーとなった。
俺はとりあえず動きが軽そうなキャラを選ぶ。マリオカートなら最初にヨッシーを選んだし、このゲームなら「サラ」とか言う女キャラだ。
物理法則に則ったモーション、倒された時に確かに感じる重力、この桃白白そっくりなオヤジに踏まれると痛い!死ぬ!!……これが新時代か。
完全に失禁して、俺の小便でビチョビチョになった椅子など気にもせず、友人が次をプレイ。
その日からまた、俺のゲーセン通いが始まった。
講義のない日まで電車でこのゲーセンに通った(50円で出来るのがここだけだったので)。
彼女とのデートもケチって、バイトで稼いだ金のほとんどがバーチャに消えたのではないか。
……と言うのが私の「バーチャファイターとの出会い」でした。
平成生まれの若者(もはや平成生まれを若者とは言わないかもしれませんが)だと、私の失禁の意味は分からないでしょう。物心ついてゲームを見てみたら、ポリゴンが当たり前になっていたわけですから。
しかし我々老人にとって、バーチャファイターの登場というのは本当に衝撃で、ビデオゲームの新時代の到来を象徴するタイトルだったのです。
それまでのゲームは、2次元のモニターに2次元のグラフィックを表示させるのが当たり前でした。バックグラウンド(背景)にスプライト(キャラクター)を乗っけて表示するという手法だったのです。マリオもドンキーコングもドラクエもストIIも全てこれでした。
しかし例外があって、フライトシミュレーターなどは、頂点のデータのみがあって、その頂点同士を直線で結ぶことによって、リアルな3D空間を表現していたのです。この「リアル」と言うのは、3D空間の論理的再現性のことであって、見た目の感覚はリアルには程遠いものでした。
ほれ、何が何だかよく分からないでしょ?
この技術を「ワイヤーフレーム」と言うのですが、プログラミングの原理としては後のポリゴンと同じです。と言うか、この当時も「ポリゴン」って呼ばれてましたけど。
8ビット時代のコンピュータだとこの程度が限界で、本格的なアクションゲームをポリゴンで、なんて夢のまた夢でした。
ポリゴンの歴史を簡単に振り返ってみると、1992年、16ビットゲーム機であるスーパーファミコンで『アウターワールド』というゲームが発売されます。様々な機種で発売されていますが、スーファミだと比較が分かりやすいので。
これが2Dポリゴン。これも初めてプレイした時は驚いたものです。
さらにその直後、年は明けて1993年になりますが、同じくスーパーファミコンで任天堂からあの『スターフォックス』が発売されます。
なんと3Dポリゴン!ソフトのカートリッジ1本1本に「スーパーFXチップ」という演算チップを搭載させて力技で開発された3Dフライト物は、当時のゲーマーに衝撃を与えました。3Dポリゴンを使ったアクションゲームという点では、バーチャファイターよりも先……なんですが、さらにその直前には、アーケードでやはりセガから『バーチャレーシング』というレースゲームが3Dポリゴンで開発され、稼働していました。
つまり、この1年ちょいの間に、時代は急速に2Dから3Dに移行しようとしていたわけです。
もっとも、その中でも『バーチャファイター』は別格です。
レースやフライト物は、その造形が元々直線でできているので、とりあえずポリゴンで手を出すのは当然と言えば当然。セガが凄かったのは、ポリゴンで人間の身体と挙動を再現してしまったというところです。
私がバーチャを好きなのは、技術的な面だけではありません。
ストIIブームが到来して、どこのゲーセンには「はどーけん!はどーけん!よーがよーが!たつきせんぷーーーきゃく!」という声が響き、うるさかったのです。音楽もド素人が作ったような感じで全く好きではなく、とにかく私にとってゲーセンは一気に下品なものになってしまったわけです。私をゲーセンから遠ざけたのはストIIでした。
しかしバーチャは違いました。
キャラは手からかめはめ波みたいなものは出さないし、瞬間移動もしません。必殺技の名前を叫ぶこともありません。BGMはカッコよく、全体がクールでした。
それと何より、使うボタンの数がストIIの半分!レバーに過度な負担をかけるストIIに比べて、ボタンを押す組み合わせや順番で出す技が決まるバーチャは、私にとって自然でした。自分の意思で昇竜拳を出せない私でしたが、バーチャだと自分で操作する感覚がしっかりと味わえたのです。
ちなみに、このバーチャファイターはアメリカ・スミソニアン博物館の常設展示物となっています。
で、この革命的ゲームが、なぜ『テレビゲーム総選挙』のTOP100にすら入らないの?と。だからああいうランキングなんて意味がないんですよ、と言いたいがための今回の記事でした。
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