今回、十数年ぶりにリアルタイムで観たM-1グランプリ。
傲慢ながら今年も私の採点も加えておきます。なくても良いんですが、皆さん数字好きでしょ?()内は審査員の平均点です。
個別評価
令和ロマン 92(94)
前回優勝コンビであり、連覇達成。十分面白い。けど、決して「爆笑」には至らないし、ネタが頭に残らない。…のはなぜかと言えば、このコンビが「極めて高度な学生のお笑い」だからだと思う。詳しくは後述。
ヤーレンズ 93(92)
ひょっとしたら今回来るのではないかと予想していたコンビ。とにかくボケてボケてボケ倒すスタイルだが、ボケの質とテンポが観客との間に微妙なズレを生んでしまい、爆発力に至らない。間を入れれば。
真空ジェシカ 90(94)
いつもの真空ジェシカ。のびのび楽しそうにやってて何よりです。
マユリカ 89(91)
ネタが安直。体幹が弱い。
ダイタク 91(91)
見た目が全く同じ二人が、笑い飯のように毎回ボケ・ツッコミを入れ替える形式。よく出来ているが、次のボケも「双子あるある」と観客に予想された上で爆笑を獲るのは至難の業。双子だからこそできたネタでここまで来れたが、双子ネタであるがゆえにそれ以上に行けないというジレンマ。
ジョックロック 88(91)
嫌いではないが、大声で聞き取りづらい。ネタのパーツパーツは良い。キャラを立てた漫才をしてしまうと、後々潰しがききにくくなるので注意。
バッテリィズ 96(96)
昨年のM-1感想ブログで要チェックとし、今私が若手漫才師で圧倒的に好きなコンビ。アホ(バカ)漫才と言えば記憶に新しいのは錦鯉だが、バッテリィズはがっつり掛け合いをしているという点で実はかなり貴重である。詳しくは後述。
ママタルト 86(90)
ひょうきんな人達。漫才はたいして面白くないが、大鶴肥満のキャラは好き。
エバース 94(94)
全く知らないコンビだったがネタが良く出来ていて演じ方も素晴らしかった。しいて過去に似たタイプを挙げるとしたらブラックマヨネーズだろうが、ブラマヨが「極度に心配性なヤツと答えるのが面倒くさくなってるヤツの会話」であるのに対し、エバースの場合はプロットが高度に構築されており、背景となる条件に様々なジレンマが隠されているという非常に手の込んだもの。次回の優勝候補か。
トムブラウン 88(91)
いつものトムブラウンで安心しました。
海原ともこ姉さん炎上問題
なんか毎年のように女性審査員が話題に上りますが、今回は海原ともこ姉さん。ヤーレンズのネタ後の「しょうもなかったけど、もっとしょうもないのがいい」というコメントが炎上したらしいです。そこからお笑いファンの東西(というか、関西と非関西)対立に発展した模様。
これこそしょうもないですね。「この海原ともこって人、俺は知らないけど」とでも書けば「ワリャM-1観とるくせに漫才界の大御所も知らんのかドアホ!」と関西お笑いファンが咆哮をあげておりますが、いや、なんで知っとかなあかんのですか。知らなくて当然でしょ、関西以外でほとんどテレビ出てないんだから。
そもそも海原やすよともこは、私からすればちょっと過大評価されているように見えます。ともこ姉さんを「ポスト上沼恵美子」と呼ぶ声もありますが、さすがにそれはないでしょ。
何というか、関西人が慢性的に持ってる関西人であることのコンプレックス、東京へのライバル心を突かれた感じなのではないでしょうか。やすともも元々「東京vs大阪」ネタばっかりやってましたしね。
で、それはともかくとして、ともこ姉さんの何が問題だったかと言うと、「審査員としてスベってた」ということなんです。『M-1グランプリ』はお笑い番組であり、審査員と言えども「出演者」なんですよ。番組を面白くするための手段なんです。それを踏まえると、漫才コンペイベントで芸歴を根拠に審査員に選ばれた現役芸人がコメント求められて黙り込むというのは、絶対あってはいけないことです。M-1審査員がしなければいけないのは、ネタ演者およびMCの今田耕司にコメントを投げることであり、相手が何かしらのリアクションを取れるようなことを言わなければいけません。ところが、くだんのともこ姉さんのコメントは何も言ってないのと同じで、ヤーレンズも今田さんも困ってましたね。「分析」でも「ボケ」でもないコメントをされても相手は困るだけです。
このコンビを見ろ!
では本題へ。
令和ロマンの漫才は心に残らない
令和ロマンは面白いんですよ、間違いなく。でも私としては90点台前半を超えることはないです。それが先述した「学生臭さ」です。特に2本目のネタに顕著ですが、「もしも~だったら」みたいな設定(さらに言えば、最近漫画でありがちな転生モノを彷彿とさせる)って、私は「理解」できた上で、それでも対して笑えないのです。こういう設定ってネタ作りが結構楽な代わりに内容が安直になってしまいがちなんですよ。もちろん、それでも令和ロマンのあのネタは非常に高度だったとは思いますが、私のようなおっさんは、最初の時点でちょっとシラけてしまうのですよ。
ヤーレンズが優勝できる日は来るか?
今回、優勝に一番近いのはヤーレンズだと予想していました。ま、結果は最終決戦にも残れなかったんですが。
この予想は別に希望的観測というわけではなく、実力があるのに優勝ができなかった理由、つまり改善点が比較的明確だったからです。それはボケの数と分かりやすさです。ボケの数で言えば他のコンビを圧倒していますし、そのレベルも高い。にも拘らず笑いがそこまでなかったのは、客とテンポを合わせることができていなかったからでしょう。客は100BPMに合わせて観ているのに、ヤーレンズは120BPMくらいの速さで演じてしまう。だったら対策は結構簡単で、ボケを2割ほど削り、さらにいくつかのここぞというボケにアクセントを入れることでしょう。
ボケの楢原は変人をこじらせて、エンターテイナーというより求道者に見えてしまうことがあります。一歩立ち戻って、もう少し芸人っぽい漫才づくりをしたらどうかと思います。
予想外にハネたバッテリィズ
優勝予想はしていませんでしたが、先述の通り私のイチオシがバッテリィズです。彼らを初めて観たのはテレビではなくNGK(なんばグランド花月)のネタコンペイベントでした。そのイベントでは、M-1最終決戦で披露したネタで圧倒的優勝を勝ち取りました。ちなみに、前回M-1決勝進出を果たしたくらげはこの時の準優勝コンビです。
彼らがやるのは「超低学力漫才」です。いわゆるアホ漫才ですね。
では「アホ漫才」で思い出すのはどんなコンビでしょうか。まずは錦鯉を思い浮かべる人が多いと思います。では、錦鯉とバッテリィズの違いを即答できる人はどのくらいいるでしょうか。
錦鯉と言えば、長谷川が何かしらを一人で演じ始めてボケ、渡辺がツッコミとしてのチャチャを入れるというのが黄金パターンです。つまり、アホがボケってことです。すみません、口が悪くて。
一方のバッテリィズはと言えば、向かって左側、アホのエースがツッコミなんですよ。では右側の寺家(じけ)はと言うと、実は常識をレクチャーしてくれるだけで、ボケもツッコミもしていないのです。エースは一人でボケて一人でツッコんでいるわけではなく、ツッコミ自体がボケになっているという極めて特殊な構造なんです。
しかしそれもネタ中盤までの話で、寺家は話を進めるうちに調子に乗って、エースが絶対分からないであろう語彙と文章量で畳みかけてエースを混乱の沼に陥れます。つまり、最初はただ常識を教える立場だったのに、徐々にボケの濃度が高くなっていってるわけです。
ネタ作りは3歳年上の寺家が担当しているとのこと。まあ、そりゃそうでしょうが。エースのキャラが強すぎて顔もパッと思い出せないかもしれませんが、あのネタ作りのセンスと演じ方には相当な才能を感じます。見た目もシュッとしててイケメンの部類に入るでしょうし、声も良く、聞き取りやすい。5年後には麒麟・川島の位置にいる可能性すら感じます。
NHKのイベント以来、私はムシャクシャすることがある度に「自転と公転さえわかればーーー!」「全部聞き取れたのにーーー!」というフレーズを思い出して心のバランスをとるようにしています。
さて、M-1の優勝を目指すなら来年が最も可能性が高いでしょうね。今回が実質顔見世になり、2回目はちょうど良い具合に期待されます。しかし3回目となると鮮度が落ちることのディスアドバンテージがかなり大きくなりますからね。
令和ロマンのネタはファイナルファンタジー
今はそういう時代でもなくなりつつありますが、一昔前、コンピュータゲームのRPGと言えば「ドラクエ派」と「FF(ファイナルファンタジー)派」という2つの派閥がありました。もちろん、両方好きな人も多いのでしょうが。
FFシリーズと言えば、私は途中からついていけなくなったんですよ。いや、ゲームとしてはやはり面白いんですが、ドラクエが一応中世ヨーロッパ風という一般的に想像しやすい世界設定を守っているのに対し、FFは突然、いつの時代のどんな世界かも分からなくなって、感情移入できなくなってしまったんです。ところが好きな人は猛烈に好きだと言う。もう入口で分かれてしまうんですね。
私がしゃべくり漫才が好きなのは、設定された世界に入り込むという作業が必要ないからです。中川家、ブラマヨ、ミルクボーイ、これらのコンビの漫才に何の準備も必要ありません。コント漫才であっても、アンタッチャブル、サンドウィッチマンのようなネタなら同様に、どんな人でも理解できます。
令和ロマンのネタって、言わば後期のFFシリーズみたいなもので、「ついていける人は好きなんだろう」なんですよ。なんかこう、「FFやってる人なら分かりますよね」「ジャンプ読んでる人ならここ面白いでしょ」みたいな、還暦すぎると何をやってるかすらよく分からないような、最初から観客を選んでるような感じの漫才であって、不意を突かれてみぞおちに来るような笑いがないんです。私にとっては、ですよ。学芸会でやる漫才としては究極形態なのかなとは思いますが。
ということでまた来年。



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