筋違いの話として、最も大きいのは「大阪都構想の住民投票を大阪府で行う」論だろう。
何がどうなって住民投票を大阪府でやることになるの!?
維新と自民党が合意した副首都法案が成立した場合、名称も変更して都を目指すなら、住民投票の対象を府全域に広げられる
暴挙は続く。
副首都になった大阪府の名称変更には住民投票が必要
これの何がどうなって、
だ・か・ら、大阪市解体の判断を大阪府全域でやるべき
となるのか。因果関係が無茶苦茶で理屈もクソもあったものではない。吉村氏は本当に弁護士なのか?と言いたいが、政界にはあんな人やあんな人だって弁護士資格を持ってたりするんだから、そういうものなのだろう。
最近著しく平均知能レベルが低下している維新界隈でも、ここに組み込む理屈はマチマチだ。
「特別区設置は大阪府全体の問題だ!」
それを言うなら1回目の都構想住民投票の時から言わなくてはならない。橋下氏いわく、「住民投票をする必要はなかったが、僕が青かった」とのことだが、それでこその維新だ。そしてその範囲は「大阪市」でなければいけない。なぜなら、これは大阪市の問題だからだ。
「それでも影響は大阪府全域に及ぶやろ!」
逆になぜ都構想の影響が大阪府内で収まると思っているのか。大阪都構想が成立すれば、その影響は国内無限遠にまで及ぶ。その前に、「影響がある」ことと「自治体の在り方を変える権利を持つ」ことは別なのである。書いててバカバカしくなるが、これが地方自治の基本理念だ。
例えば、ある家庭の父親に健康診断で重大な病が見つかった。それを治すには大手術が必要だが、手術のリスクもある。その手術を受けるかどうかを判断する同意書には誰がサインするか?当然ながら父親本人である。そこで「影響が及ぶから」という理由で妻、子供3人、祖父母、あるいは家庭外の親戚なんかの同意の過半数で決まるなんてことは全くのスジ違いだ。交通事故で意識不明の重体であれば、家族が同意書にサインすることもあるが、大阪市民は今意識不明なのか?「影響が及ぶ」は暴論であり、住民投票においては「当事者性」が全てである。
「大阪市外からの通勤者もたくさんいて納税している」
目を疑ったが、真剣にこれを言う支持者がいた。どこに通勤していようが、その人が税金を払う先はその人が居住する自治体であって大阪市ではない。「会社に貢献してその会社が大阪市に納税しているのなら間接的な納税者だ」とでも言うのだろうか。
だったら、やはり大阪府だけの問題にとどまらない。兵庫県の尼崎市や西宮市、奈良県奈良市や生駒市、等々から大阪市に通勤している人はたくさんいるのだから投票権を与えるべきだとなるだろう。当然、東京在住者であっても出張でたまに大阪支社に来るなんて人も含まれるべきだ。
こういうトンチンカンな理屈は「納税と投票権」の関係を理解していないことから生まれる。納税(納税者の集団をひとつの主体に見做した場合)の対価は「行政サービス」であって「選挙権」ではない。選挙権は一定年齢の日本人であれば誰もが持っているものである一方で、外国人はいくら巨額の納税をしようが選挙権は持てない。
副首都構想は大阪府全体の問題やろ!
だったら「副首都になって良いかどうか」の判断を大阪府住民を対象にやれば良いのであって、「特別区設置」は直接関係がない。それに、副首都設定は日本全体の問題なのだから、その範囲は全国民でないとおかしい。
市町村合併と大阪都構想の違いは?
なぜこれまでの市町村合併に住民投票は必要なかったのか?という疑問をたまに見かけるが、法論理で言えば、市町村合併は「フツーにあること」として法がすでに整備されている。すなわち、政治家同士が合意すれば、住民投票など必要がないのだ。もっとも、住民投票の結果で決めるというやり方を採っても良いが、それはあくまで任意である。
法技術的な話を置いて道理の面から言うなら、「合併」が単純に自治体が拡大するだけなのに対し、大阪都構想は、大阪市を【一旦解体】した上で、特別区を設置するという東京都を除いて初めての試みになる。出来上がる自治体は、単純な拡大どころか、根本的な自治権の一部(広域行政や予算)を大阪府に委譲するものであって、自治の性質そのものが大きく変わるのである。
当然ながら、当該住民にその仕組みを理解した上で賛否を決めてもらう必要が出てくる。
憲法との兼ね合い
橋下氏は「住民投票をしないやり方もあった」と言うし、これは維新界隈でもその後たびたび話題に上がる。おそらく、最初に大都市法を作る時に住民投票と言う要件を書いていなければできただろう。「おそらく」と言うのは、憲法の適法性が問われるのは間違いないだろうからだ。で、合憲性が議論になった上で、できたであろう。
「じゃあ今から大都市法改正して住民投票を外せばええやん」という意見がよく聞かれる。これはちょっとヤバい。実際に違憲判決が出るかどうかの可能性は分からないが、住民投票を「最初から書いてない」のに比べて「後から外す」と言うのは、脈絡からして明らかに大阪狙い撃ちという目的が明確で、恣意的に法改正されているように映るからだ。
そもそも大都市法の本体だって、「特別区を設置したいなら【どの都道府県だろうと】」という一応の一般性を担保している。それがこの期に及んで法改正となると、明らかに「誰かの都合」ということになる。
さらに、「住民投票範囲を大阪府に拡大」なんて案はもっとヤバい。理屈が全く通らないからだ。ましてや過去2回の住民投票で否決されて、3回目はさらに可決可能性が低く見積もられる状況でもしそんなことをすれば、さすがにガチの合憲論争になるかもしれない。
何より、吉村氏の「ということもできる」という表現がヤバい。「できる」のは「そうしたいから」という都合の話であって、道理の問題なら「すべき」と言うべきなのだ。ところが道理なんかないから「すべき」とは言えず、「できる」なのである。
今の維新は橋下維新とはやり方が真逆
橋下徹の偉業は、自身は完全な成功者であり庶民とは全く違うポジションにいながら、徹底して住民目線に立って、トップダウンではなくボトムアップで民意を醸成し、大阪を大改革を成し遂げたことにある。「君らの要望を法案や予算配分という形に落とし込むとこうなる。分からないことは勉強し、聞きたいことはいくらでも聞け。理解して賛成なら投票しろ」をやった。大阪都構想の住民投票は、単なる自慰行為的な美学ではなく、最終的な民意を出したという点で、否決ではあっても大きな意義があった。
一方の吉村氏のやり方は「お前らアホはどうせ間違った判断をするんやから、可決の可能性高めるためにやり方をちょっと変えさせてもらうわ」というとんでもないものだ。
大阪府を「大阪都」に名称変更するのに住民投票が必要なのであればやれば良い。だが、大阪市解体の是非を問う住民投票とはほとんど関係がない。
改めて言うが、大阪都構想は私も切望するところだが、だからこそこのような乱暴なやり方には大反対である。



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