「維新八策」は維新にとっての聖書……だったはずだが
維新は橋下徹退場と同時に「ハンドル」を失った。キリスト教はイエス・キリストが現世から退場した後に「新約聖書」を残したが、松井元代表は維新の「聖書」作りを怠った。その後、維新は理念を失ったまま惰性で運営されることになる。
本来、維新にとっての「聖書」にあたるものは『維新八策』である。ところがこの維新八策は、理念というより、選挙の時にしか見ることのない宣伝文句としてしか使われなかった。維新所属の政治家なら、この維新八策を毎日でも読み返し、理念を重々に確認しながら、どのような方策として落とし込むかを考え続けなければいけなかった。
「今の日本、皆さんにリンゴを与えることはできません。リンゴのなる木の土を耕し直します」
と銘打たれた維新八策。初めて見た時は心が打ち震え、政調会長を継承してから研究を重ねてさらにその深さを知った。… https://t.co/tGqdx5lADl pic.twitter.com/aVP5d8Y3hh
— おときた駿 / 元参議院議員、しゃほさげフェニックス (@otokita) May 22, 2025
藤田文武議員の不祥事から古巣にネチネチ攻撃を続けていた橋下徹氏に対し、挑発に乗らずすっと維新八策を持ち出した音喜多駿氏を私が評価したのは、それほど維新八策が維新にとって重要だからだ。もっとも、音喜多氏は元政調会長であり、維新八策に最も深く携わった一人だからと言うことはあるだろうが。
さて、橋下・松井両氏が退場した後に、新代表に就任したのは馬場伸幸衆院議員だった。個人的には馬場氏のことが嫌いなんてこともなければ無能だと思っていない。が、日本維新の会代表としては相当なポンコツだったと評価せざるを得ない。
統一地方選で大躍進、がピークだった
氏の就任直後の統一地方選で、維新は大躍進。しかしながらこれがこれまで通しての維新のピークとなる。橋下徹の維新旋風とコロナバブルの余韻が残っていただけだ。その後は、私の予言がどんどん現実味を増していき、支持率を議席も支持率も落としていくことになる。
馬場氏は、松井氏以上に「裏方の人」気質で、公に向かって「維新とはこういう政党です」という紹介ができない人だった。たとえば「政治とカネ」問題が沸いた頃、馬場維新はこれと言って何も打ち出せなかった。”見出し”としては勇ましいことを言うが、結局党内で確固たる合意形成もできず、「身を切る改革」をやりながら「でも政治にはお金がかかるしさ~」みたいなことをウダウダ言う、何とも中途半端な姿勢を見せてしまった。
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20240125-OYT1T50264/
あとは私の過去のポストを見て頂ければ十分だ。
馬場代表会見。莫大な数の比例票を失い、多くの貴重な武将を討ち死にさせておいて、「間違っていない」。別の番組では「比例なんておまけみたいなもん」。極めつけは先の統一地方選の大勝利をさも自分の手柄のように。マジでこの人ヤバい。 pic.twitter.com/AQmkWSmpZk
— 小ライス (@shorice_hitotsu) October 30, 2024
馬場代表会見。「辞任要求の声があるが」の質問に「そんなルールはない」「決定権ないでしょ」と。
論理的な会話ができていない。声を上げることにルールなど関係がないし、そもそもルールの話などしていない。… pic.twitter.com/vnyideyvef— 小ライス (@shorice_hitotsu) October 30, 2024
なぜここまで対応を間違えるのか
大事な局面でヘラヘラ笑って責任逃れのような答弁しかできない人間が政党代表などやるべきではなかったのだ。元々「8番キャッチャー」「みんなが気持ちよくプレーできる舞台をつくっていくのが自分の性格」と自身を評価していた馬場氏。たしかに裏方であれば、そういう形で役に立っていただろう。だが、代表としての自我が成長していくにつれ、ギャップが生まれてくる。
「8番キャッチャー」だとは言っていたが、そうは言っても今は組織のトップ。4番サードになるべく自身が変革しなければいけない……と、そう思えればよかったのだが、そうはならなかった。馬場さんは、いつまで経ってもソースの匂いが漂ってくるようなもっちゃり型の人間であり、とても国政政党の代表として表に出て良いような政治家ではなかった。
逆に、「あくまで8番キャッチャーで行く」のであれば、それこそ自分以外のまだ目立っていない実力者や若手が前面に出やすいような環境づくりをすべきだった。それはちょうど、松井氏が脅しをかけて維新初の代表選を出来レースにしてしまったことの逆である。
選挙に大敗してなお自分の手柄をアピールするような人間は、どちらのタイプであっても完全な失格だ。どうせ代表を辞めることになるのに、まだヘラヘラしながら屁理屈をこねてしがみつこうと言うのは、結果として自分の評価を下げてしまうことになる。
同じ辞めるなら「能力があるのに政治家になれなかった、あるいは政治家という身分を失った者がたくさんいる。これは、維新と言う看板を強くできなかった代表である私の責任であり、代表の座から降りることにします」と言えば、自身も党もイメージが良くなったはずだ。特に馬場さん個人は。
「維新と言えば!」……なんですか?
この馬場政権期間で、維新は一気にアイデンティティーが崩れてしまった感がある。「維新と言えば」と聞かれても即答できない。いや、できたとしても支持者以外に響かない。結果、選挙のたびに「維新はぁ~~大阪ではぁ~~大胆な改革をぉ~~実現しぃ~~」と念仏のように先人の功績を自慢するしかなくなったのだ。
おそらく当時、熱心な支持者でさえ、心の中では「そういや維新って何をする政党だっけ?」とボンヤリした疑問を抱く人は多かっただろう。
だ・か・ら、私は「維新はどういう集団なのか、何のために生まれた政党なのか、理念を整理して目的を明確化し、いつ何時でも(政治にあまり興味のない人に対してでも)紹介できるようにしておけ」と主張し続けたのである。
私からすれば維新の存在価値(アイデンティティー)は明確だ。正確に言えば、「こうあらなければいけない維新の姿」だ。それが橋下徹支持の話に遡る。詳しくはこのシリーズの冒頭を読んで頂くとして、簡単に言えば、「現状維持バイアス」「何となくの感情」「変化を恐れて成長できない社会」こう言った空気を一掃して、確固たる目標設定をして論理的手法と胆力により実現していく(ことを期待された)政党、である。
やるべきことなどいくらでもある。が、(松井元代表のせいかどうかは知らないが)それを強く打ち出せる政治家が出てこなかった。
たとえば当時共同代表だった吉村氏は、突然何かが降りて来たかのように「0歳児選挙権」なんてことを言い出した。これは、子供の選挙権を保護者に回す制度で、私も何十年も前から主張する選挙制度改革案だ。もちろん私は賛同するポストを無数にしたが………、しかし、元々「ドメイン制」と言う呼称があるのに「0歳児選挙権」というどうにもこうにもセンスのないコピーを一体誰が考えたのか。また、ドメイン制には「基本的人権」という重要な概念が伴うが、このキーワードを使われたところを見たことがない。結果として、アンチの良いおかずになるだけで、完全な空振りに終わった。
「いや、公約にも入れてましたから~!」って誰がそれ知ってんねん。アリバイ的に「言ってました」「書いてました」と言ったところで、有権者に伝わっていなければ何の意味もないのである。
馬場政権下、終盤はいろいろあったね
さて、馬場政権期間、初期の統一地方選大勝利以降これといって良いことは起きなかったが、かなり悪いことがいくつか起きている。足立康史騒動と斎藤兵庫県知事騒動である。大阪都構想という大目標を失った維新支持者は、支持率低迷と相まって、これらの事件で認知的不協和のエネルギーを溜めに溜めていき、大阪関西万博で爆発させることによってカオスに陥っていくことになる。
この次は「足立康史騒動と維新の最大の弱点にして欠点」について書く予定だが、これは100円のカギをかけてnoteに書くことになると思う。というのも、そこには今の維新の手助けになりかねないことを書くつもりだからだ。今の維新は、私から言わせれば民主主義の破壊者でしかないので、一切の手助けはしない。「そもそもお前にそんな影響力なんかないわ」と言われれば返す言葉もないが、目下の都構想で推進派が明らかに当ブログの内容を引用しているということもある。
とりあえず1年後に一段落したところで無料公開するつもりなので、慌てて読む必要もない。ただ、流れで書くもので、書いたという証拠を残すだけの自己満足だ。もっとも、ここのような不人気ブログだと1件も購入がないと言うことも十分あって、そうなると証拠もクソもないが。




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