橋下徹という、創造神にしてカリスマであり、(少なくとも対外的には)ワンマンで維新という政党を牽引および維持していた政治家は、大阪都構想住民投票否決という結果を受けて政界から退場することになった。そのバトンを受け継いだのは、同じく創造神のひとりである松井一郎氏だった。
ここからは、過去に散々語ったことを繰り返すとともに、あくまで『俺の維新史』として、私が「支持者としてどのような目で観察し、何をやったか」に主眼を置きたい。
空中殺法の橋下、寝技の松井
元々の維新の主成分は橋下徹である。それは間違いない。だが、維新と言う新規政党を立ち上げた後も橋下徹の戦闘力がいかんなく発揮されたのは、松井一郎という女房役がいたからというのもまた間違いないだろう。私はよく、「空中殺法の橋下と寝技の松井」という比喩を使った。要するにタイガーマスクとヒクソングレイシーのコンビのようなものだ。
同時に、「橋下のエネルギーは外向き、松井のエネルギーは内向き」という表現も多用した。タレントが地方の首長になるケースはよくあるが、首長は大統領制であるがゆえに、内閣のようないわゆる「調整」に使うリソースが小さくて済む。と同時に、素人ゆえに政界の実情、行政実務についてはバージンの状態で飛び込むことになり、これはこれで弱点だ。橋下と言う常軌を逸した遠心力を生み出す旋風発生機には、松井という粘り気の強いメリケン粉=”つなぎ”が必要で、そのバランスが絶妙だったために、維新はバラバラになることなく大きくなっていった。橋下と松井のコンビはそれぞれの弱点を相互補完することで、それぞれが持っている武器を最大限に使える理想的なコンビだったと言える。
橋下と言う台風がやんだ後の維新は……
橋下徹の退場後、それまで外向きと内向きのバランスが取れていたエネルギーは、必然的に内向きに偏ることになる。というのも、橋下徹という超大型台風が生んだ低気圧には、海のものとも山のものとも分からぬ者達が引き込まれていたからだ。もっと平たい表現を使うなら、優秀な人材もポンコツも大量にいたわけだ。
「内向き、外向き」という喩えを使っておきながら、さらにこういう喩えを出すのはややこしいかもしれないが、台風は強力な引力と強力な斥力(遠心力)を同時に生み出す。松井氏は、まとめるべきものをまとめ、排出すべきものを排出するフィルターのような役目だったとも言える。
橋下は「大阪にとって、あるいは日本にとって維新とは何か」「なぜ維新と言う政党が必要なのか」を説明できる政治家だった。もちろん松井氏だって「維新の理念」は共有出来ていただろうが、私から見るとレベルがかなり違う。橋下氏の必死さ、覚悟、情熱、そして維新の理念への理解度は別格だったのだ。
橋下と言う大型台風が消え去ってしまうと、組織はよそで発生した小さな風にも揺らいでしまうことになる。「橋下チルドレン」でしかない新人議員はまだまだ自立もできず、脆弱である。強力な引力を失った状態で松井氏が「組織」を主体に考えるようになったのはある意味で仕方ない。
しかし、だ。
松井元代表、最大の罪
松井政権末期の2021年衆議院選挙の結果を受けて、私はこういうブログ記事を書いている。
ここには2つの大きな趣旨として、
1.衆院選躍進は「維新の理念が理解されたから」ではない
2.維新が意識すべき他党は国民民主党とれいわ新選組
というようなことを述べている。
この2つの話は、橋下退場後に私が音声メディアでしきりに主張してきたことであり、互いに関連し合っている。この選挙の前後で維新は支持率のピークを迎える。このまま行けば、議席でも野党第一党に、と多くの支持者がかなり現実味のある目標として見ていたはずだ。
そのタイミングで私がこのようなことを書いたのは、維新の未来が見えていたからだ。この2つの話は互いに関連し合っている。
「維新の理念」を定義し、常に確認しておかないと、自分たちが何をしているか、あるいは何をすべきか分からなくなる。コロナと言う外部要因で躍進を遂げたことを「自分たちの活動の成果」だと勘違いしてしまうと、自民党どころか、さらには立憲民主党どころか、「その他大勢」勢力に堕ちてしまうだろう。
「国民民主とれいわが維新のライバルになる」という予言
その時、隣やあるいは真上にいるのは、立憲民主党ではなく、国民民主党やれいわ新選組のはずである。一方この2党はメディアの使い方が上手いので、じわじわと実力以上の支持率を得ていくだろう。
この2党を「意識しろ」と言うのは、「上っ面のアピール力を身につけろ」ということではない。維新の場合、支持母体もしがらみもないのだから常に正しいのである。ただ、「自分たちは正しい」と思っているだけでは伝わらない。正しいから堂々と言える、それを実践したのが橋下徹であり、橋下は常にパブリックの目を意識していたのだ。
この5年前の予言がその後どうなったかは皆さんご存じの通りである。連立与党入りを果たした今でも国民民主には支持率で負けることの方が多い。れいわだって2025年参院選直前までは、維新の最も近いライバルという存在であり、やはり支持率で負けることの方が多かったのだ。
自分で言うのもなんだが、予言としてはかなりの精度だと自負している。自分が支持する政党を批判する者を「アンチ」というレッテルを貼って殴るのは楽だろうが、ではそういった支持者はこのような予想をどう見るだろうか。「予言通りになってない」と思うのか、あるいは「論理的でない」と思うのだろうか。であればしょうがない。おそらくそういう人は(なぜか表に言わないだけで)私より精度の高い予想をしていたのだろう。そして、今の維新こそがあるべき姿だということだろう。
もうアドバイスもしませんけどね
もちろんそういう支持者は私から見て愚の骨頂としか言いようがない。「何をやっても批判する」のがアンチであるのに対し、支持者を自称していた頃から私がやってきた批判は、「その時どんな選択肢があったか」を振り返って、当事者が「選択してはいけない選択肢を採った」時だ。なのでほとんどの批判において、私は「俺ならこうする」を併記してきた。
その「俺ならこうする」も、これからは書かない。これは支持者だからこそ今後のためを思って提案してきたものであって、支持者をやめた今、維新はなくなった方が良い政党だと思っているので、提案することもない。もっとも、提案したところで誰も読まないだろうし、読んでも理解できないだろうが。
私が支持者を続けていたのは維新党内に有望な人材がいることを鑑みて「まだ何とかなる」と思っていたからだが、支持者をやめたのは全く同じ理由を反転させたもので、維新が「もう引き返せないところまで行った」からだ。「引き返せない」という基準は、維新が単に愚かさの度が過ぎるという度合いだけの問題ではなく、性質として「悪」になってしまったらしいからである。
それが「斎藤知事騒動」と「大阪関西万博」なのだが、詳しくは後述。
「維新の理念」とは
さて、話を戻す。
橋下徹というカリスマを失った後に維新がすべきことは、橋下徹の何が偉大だったのかを言語的に整理すること、すなわち「理念」化だった。孔子という偉人が死んだ後、その発言・理念は『論語』という形で言語化され、イエス・キリストが死んだ後には『新約聖書』が残された。そのおかげで彼らの肉体は滅んでも理念だけは2000年以上経った今でも生き続けている。その言語化された理念に従うことで、信徒はたとえイエスそのものにはなれなくとも「イエスに近づくこと」はできる。
維新はその極めて重要な作業をすっ飛ばしてしまった。松井政権時代から維新の主体は「理念」ではなく「政党組織」に移っていくことになる。当然、主役も「国民」から「政治家」になっていく。
特にその後の維新の方向性を決めてしまったのが、松井氏勇退に伴う「後継者指名」騒動である。
維新の代名詞と言えば「大阪都構想」だが、これは、地理的に内包する形でほぼ同じレイヤーの権力主体を無理やり共存させるという政令指定都市の持病=二重行政を根本から治すための施策だ。大阪では維新が完全与党なので、いわゆる「バーチャル大阪都」状態になっている。これは言わば、それぞれの行政主体の意思を一致させ、「悪い人治」から「良い人治」になっていると言い換えて良い。それを構造的に人治ができない=二重行政を解消するというのが大阪都構想である。
ところが皮肉なことに、松井氏という維新のトップが、思い切り人治をかましてしまったのだ。「維新の理念」を再確認し、ゆるぎないガバナンスを構築し、法治的組織の手本となるべき維新が、である。
つづく。





コメント