維新の理念を維新の代表が破壊しようとしている
これで、「たとえ大阪市民が反対しても大阪市を解体できる」ことになる。ユダヤ人の処遇を99%以上の非ユダヤ人が決めたナチス政権と同じやり方だ。
銀行振り込みにおいて、意思確認が必要なのは振り込む側だけである。もし振り込まれる方にも意思確認をし、かつ振り込まれる方の意見が優先されれば、他人の財産をいくらでも収奪できることになる。
大阪都構想においては、現大阪市の予算2000億円が現大阪府に委譲されることになる。どういうわけか維新(吉村氏)は、大阪市民の2倍以上いる非大阪市民にその決定権を与えると言う。世の中には絶対に権力を与えるべきでない人物・政党がある。
以上、俺ポスト。
本当に、どこから書けばいいのかも分からない権力者の蛮行である。
まず、元々大阪都構想を実現するために「大都市法」を作ったのは外ならぬ維新だった。そこには「特別区設置には地域住民の住民投票が必要である」と書いてある。橋下徹氏の見解では「住民投票を要件に入れる必要はなかった」とのこと(ここには合憲性の議論があるがそれはすでに書いたので割愛)だが、それでもこれを条件としたのは、住民自治を重視して政界に飛び込んだ彼のこだわりだった。それを、こともあろうに、当の維新(吉村代表)が、大阪市廃止の判断を大阪府全体の賛否で決めようと言い出したのである。
本来なら、住民投票の範囲を広げるにあたっては「大阪府域全体で住民投票をするべきである」という説明が必要なのだが、吉村氏は嘘がつけない人なので、ついうっかり「大阪府域全体に広げることが【可能】」などと言ってしまったのだ。言うまでもなくこれは、大阪都構想への逆風が強く、とても大阪市域内の住民投票では可決を獲れそうにないという判断以外にない。
「批判は内容に答えるな!潰してしまえ!」が党是?
(昔の)維新の意思で創った法律を、(今の)維新の都合でないがしろにする。「自分の都合次第で、法律はいくらでもいじくって良い」これが今の維新の考え方らしい。僅かながらこういうやり方に反対する党内の声がないわけでもないが、
副首都法案は問題だらけ!
日本には首都はどんな機能を持つのかを定める首都法がないのに、副首都法案だけ作るのか⁈
大阪都構想と副首都構想は別物であるはずだ。なのに、どうして副首都法案の付則に、大阪が目指す特別区のことだけ書くのか!政令指定都市が目指す特別市を差別するのか⁉︎… pic.twitter.com/cdApOiFltm
— 松沢しげふみ | MATSUZAWA Shigefumi #シゲは勝つ (@matsuzawaoffice) May 29, 2026
松沢議員の実に真っ当なこの批判的コメントに対し、維新支持者からは、
(1)「維新と言えば都構想やろ。文句あるならやめろ!」
(2)「代表選でほとんど票も取れんかったくせに」
(3)「古い政治家」
と散々だ。番号を付けたのは反論するためだ。
(1)それは他ならぬ吉村代表に言わなければならない。「維新と言えば大阪都構想」なのに、2度目の住民投票否決の際に「自分が3度目に挑戦することはない」と、全く意図不明のコメントを発して後に混乱と不信の原因を作ったのだ。本当に、なぜ、こんなことを言ったのか、いまだに謎である。
また、「維新が都構想をやるのは確認するまでもなく当たり前」なのであれば、先の大阪ダブル選挙などもする必要がなかったのだ。だが、自分の発言について撤回も謝罪もしたくない吉村氏は、選挙で嘘を「浄化」するしかなかった。結果的に「3度目の都構想挑戦は要選挙マター」と言うことになり、「それを言うなら市議団は民意を得ていない」という反発が生まれたのだ。
(2)(3)はとりあえず罵倒したいだけのク◯リプなのだが、比較的穏健で冷静な支持者だと思っていたような支持者までがこんな言葉を使い始めているのだから、いよいよ維新は瓦解しそうだ。都合の悪い意見にはその内容を無視して取り敢えず罵倒。昔だったらアンチ維新がやっていたことだが、それを維新支持者がやっているわけだ。
“住民自治”って何ですか?
話を戻すが、先に書いた記事のおさらいである。
大阪市の廃止である大阪都構想の賛否を大阪市以外で問うてはいけない。「大阪府全体にも影響があるから」「関わってくるから」と言うのは小学生レベルの詭弁だ。
前回使った例を使いまわすと、お父さんの重病が発覚したら手術をするかどうかはお父さんが決めることだ。家族に大きな影響があるとしても、家族が意見を言うのは自由だし、その意見をお父さんがどう聞き入れるかも自由だが、手術の同意書にサインをするのはお父さんでなければいけない。「影響があるから」が根拠になるなら、東京都知事選には埼玉県民も参加すべきだし、アメリカ大統領選に日本人が投票権を持つべきだともなる。
このような詭弁を展開するのは、吉村氏やその信者が「主権」や「地方自治」というものの根本を理解できない阿呆か、理解できているが嘘をつく悪人かのどちらかということだろう。
維新から民主主義を守れ
何度も言うが、大阪都構想反対派の「勝つまでジャンケン」という批判はアホなアンチなので無視して良い。そもそもジャンケンができるという時点で民意を得ているのだから、堂々とやれば良いのだ。
今般の問題は、その「民意」の問い方そのものを権力者が恣意的に変えてしまうという点にある。これは絶対にやってはいけない。ジャンケンは何度でもやれば良いが、ジャンケンのルールを変えてはいけないのである。
なぜこの点に拘らなければならないのかと言えば、我々が民主主義国の住人だからだ。我々の世代にとって民主主義は「勝ち得たもの」ではないので、どうしてもその有難みが分からない。また、人は常に現状維持バイアスに支配されているので今がベストだとも思い込んでいる。
これが、今のいわゆる普通選挙以前の民主主義━━たとえば納税額や性別が投票者の条件になっていた時代の民主主義や、そもそも選挙自体がなかった時代を知っていたのならその有難みも肌で分かるだろう。そして、歴史を学べば、今の民主主義が決して完成品でないことも分かる。
ライバル政治家の不意打ち辞任&(息子に禅譲)出直し選挙には「むちゃくちゃですよ」と批判するくせに自分はそれ以上の不意打ち選挙をやる、自分たちが作った法律をないがしろにして今の自分たちの都合に合わせて住民投票の範囲を変える。我々は、民主主義国の住人の作法として、このようなことをやろうとする政治家・政党を「悪」と定義して糾弾しなければならないのである。
つづく。



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