犬も人間も「のびのびさせよう」とすると精神疾患を発症する

しつけ
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リーダーウォークをしないとどうなるか

過去に何度か紹介した話です。

飼い始めたばかりの犬を散歩させる際に、リードが緊張しないよう飼い主の方が犬に合わせて歩くという人がいました。簡単に言えば、「リーダーウォーク」の真逆をやってたわけです。

「首を引っ張るのが可哀想で」と言うのがその人の言い分でしたが、「それをやってると逆に犬が神経質になったり凶暴になったりして、余計可哀想なことになりますよ」と度々教えました。

しかしその人は私の言うことを聞かず、結局1年経って、見事に私の予言通りになりました。飼い主以外がリードを持っても絶対に動こうとしない分離不安症と、特定の犬を見るとどうにも手に負えないほど吠え立てる凶暴性が性格として固定されてしまったわけです。



「のびのびさせようとすると、逆に神経質になる」

これは昔から主張している犬・人間を問わない私のしつけ論だったのですが、去年だったでしょうか、『ホンマでっかTV』で心理学者の植木先生がこれと同じような学説を紹介されていました。

すなわち、子供の主体性を意識しすぎてのびのび育てようとした子ほど、後に精神疾患が現れる確率が上がる、と。

ですよねー。

ビートたけしに食べ物の好き嫌いがない理由

敢えて極端な例を。
例えばですね、食事の好き嫌いについて一切指導されなかった子供がいて、その子がものすごい偏食のまま大人になったとします。彼(女)は、食事が目の前に運ばれる度に「自分が嫌いな食材が入ってないかどうか」を判断することになります。もしあれば、それを一つ一つ端に寄せてから食べる、と。

ビートたけしは、好き嫌いなんて言ってられなかったと言います。もし「これが嫌いだ」なんて言えば、すかさず父親の拳が飛んできたんだそうで、おかげで何でも食べられるようにはなったそうな。

繰り返しますが、これは極端な例です。殴ってでも嫌いな物を食べさせることが良い悪いとかいうことではなく、教育とかしつけと言ったものは基本的にこういうものであり、「好き嫌い言ってると“もったいないお化け”が来るぞ」というのと基本的には変わりがなく、子供を脅迫しているってことです。あとはその手法と程度問題であって。
少なくとも、たけしは食事の際にこれが好きだあれは嫌いだという判断をしなくて済むようにはなったわけです。

社会的動物は指針を必要とする

人間も犬も高度な社会性を持つ動物です。もちろん犬の知能は人間にははるかに及びませんが、その高度な社会性は、「誰かに従うか、さもなければ自分が誰かを従わせるか」という習性に表れています。従うべき存在がない場合、自分自身が秩序を作るという重責を担うことになります。飼い主が「のびのびと」を意識して育てた犬がやたら凶暴になるのはこれが原因です。凶暴であるということは臆病の裏返しで、常に何かを怖がっている、実に気の毒な状態なのです。

人間も然り。親と言うのはうるさくてウザい存在ですが、まあ概ね言うことを聞いていて損はないと子供だって分かっているし、何より自分を保護してくれる存在です。怪我をして痛みや不安にかられた子供は泣いて親にすがります。

すると親は「痛いの痛いの飛んでいけー。はい、ツバつけて終わり」と対処をします。子供はそれで安心できるわけです。傷に唾液を付けるなど、今ではむしろやってはいけないことになっていますが、まあそこは置いといて、ここでの問題は、その対処法の科学的な正しさではなく、未熟な者がどうすれば安心できるか、です。


カリスマトレーナー、シーザー・ミラン

シーザー・ミランについては別の投稿で書こうと思っていたのですが、流れ上ここで書いておきます。犬好きなら彼の名前を知っている人も多いでしょう。世界的に有名なカリスマトレーナーで、どんな問題犬でも彼の手にかかれば治ってしまうという凄い人です。

彼は「犬の問題行動は飼い主のエネルギーが原因だ」と主張します。やや抽象的な表現ですが、具体論については彼が番組で見せている通りです。エネルギーとは何かというと、近年我々が慣れ親しんだ表現で言うところの「オーラ」が最も近いかもしれません。

要するに、飼い主が自信を持って毅然としていれば犬も落ち着く。飼い主が不安や恐怖にかられていると犬にもそれが伝わり、怖がる犬になってしまう。…というものです。

 

飼い主は完全親会社になれ

私はかつて、この考え方の上位概念として「51%の存在感」というものをブログで書いたことがあります。例えば、知らない犬とすれ違うなど犬にとって「事件」が起きたとしても、飼い主が常に51%以上の存在感を示していれば、その事件がいくら大きくても49%で、飼い主の存在感を超えることはありません。株式会社で言うところの「完全子会社」です。

主従関係の「主」が安定するから「従」も安定する。例えば日本の戦国時代も、「主」たる足利幕府の力が弱まり秩序が不安定になったのが原因で「従」たる大名たちが凶暴になり、その「従」同士が殺し合いをするようになりました。私の観察上も、凶暴な犬はおしなべて飼い主が弱い=エネルギーが小さく、不安定なのです。

 

「主従関係」に纏わりつく頭の悪い思い込み

「主従関係」「パックリーダー論」の話をすると、「犬は家族だ!友達だ!殿様と家来なんかじゃない!」「力で支配するなんてあなたも可哀想な人ですね!」とどうしようもなく頭の悪いのが湧いてきます。

私がこの話を犬と人間の両方に通じるものとして書いているのは、「親子関係も主従関係」であり、「家族だから主従関係ではない」なんてことはないと言うことを示すためです

例えば、3歳の子の手を引いて歩く母親がいるとします。それを「殿様と家来のよう」と思う人がいるでしょうか。いませんね。でも、母親が「“主”導」して子供はそれに「追“従”」するという構図であり、そこには間違いなく「主従関係」が成立しているのです。子供の自主性を尊重して歩きたいように歩かせる、なんてことをしていては車に轢かれますしね。殴って怒鳴って恐怖で支配することが主従関係なのではないのです。


主従関係否定論者は人間の子供ができたらどうするの?

さてさて、「犬は家族だから!」と言って主従関係を否定的に扱う自称犬のトレーナーさんは、自分に人間の家族(子供)が出来てもやはり主従関係を否定するんでしょうかね。

毎日毎日ゲームを何時間もやってていても、宿題を一切しなくても、「今日は行きたくない」と言ってそのままずるずる不登校になっても、“Let it be.”なんでしょうか???

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