つづき。
「国民との距離」が皇位継承問題におよぼす影響
この国民と天皇の距離の縮まりは、そのまま一般国民の天皇および皇族への愛着の深まりになる。神聖で常に柔和で何より究極の気品を持った生身の王族がリアルにそこにいるわけであり、まさに「日本の象徴」である。
私以外で語っている人をほとんど見たことがないが、この国民との距離という要素は、皇位継承問題を考える上で外せない要素だと私は認識している。
それがすなわち、これまで見たこともない「男系男子」である一般人がある日突然皇室に入ってきて、その男性が一般人女性と結婚し、男子を設けたとして、その子を未来の天皇として認められるかという感情の問題だ。
これが江戸時代までなら「どうぞご勝手に」という話だったのだが、今日の天皇の環境から言えばどうだろうか。
それでも俺は男系派でも女系容認派でもない
ここまで書いておいてなんだが、くどく申し上げておく。私は決して女系の積極的容認派ではない。男系堅持派でもない。
私は「男系か女系か」という短絡的な対立構造が、ただの大声合戦になってることに辟易しているだけだ。どちらの結論に至ろうが、そこに「何を得て何を失うか」という熟慮と覚悟がなければ空疎である。逆に熟慮と覚悟を伴い、それを多くの国民が納得できれば、私もそれを尊重する。
なので、「男女平等の時代だからぁ~」といって女系を認める人には、「お前に1500年という歴史が想像できているのか」と問うし、「男系こそ天皇の定義だ」と言う人には「では天皇の実質的な存在意義は何で、守るべき伝統は何か」を問う。私が示しているのは、どちらかの陣営からの主張ではなく、この大声合戦の中に投げかける【別の視点】である。
崖っぷちで制度を変えるよりも…
以上は、あくまで無責任な立場から、天皇観を整理しながら皇位継承問題を再考しようという試みだ。だが、あえて、もし自分が責任者(総理大臣)ならどうするかというifを考えてみる。
割とガッツリ保守の人でも、「いざ男系が物理的に途切れた場合どうするか」を問えば、「その時は女系でも良い」と言う人は結構多い。そういう人を含めると、実は女系容認は世論調査よりも多くなるのだ。
だが、その考え方には大きな問題があって、このやり方で女系天皇が生まれても「正当性」にケチがつくのである。「やむにやまれず」「しょうがなしに」と言う悲壮感が出てしまう。
であれば解決法はかなりシンプルになる。
「まだ男系男子がそれなりにいるうちに女系容認のルールを作っておいて、実際には男系継承を続ける」
のである。これならば、いざと言う時に女系天皇が誕生しても「だって前から決めてたことをやっただけですよ」と言える。
ただし、ここにも問題があって、継承順位をつける段階で男女差別が強調されてしまうという点だ。その順位を見て「なぜ直系の〇子さまが低くなってるの!」と騒ぐ人だっているだろう。まあ、今「愛子天皇」などを主張している人はさすがにナンセンスだと思うが、一定数いるのは間違いない。
もしも俺が総理大臣だったら
そういう時こそ、政治家の説明力が肝要になる。以下、政治家になったつもりで短い演説を。
疲れたのでこの辺で。


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