【献血ポスター】献血ボイコットする人も、それを非難する人も、等しくクズである

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宇崎ちゃん ジェンダー

TPOが理由にならないのなら話はそれまで

さて、別の観点から太田弁護士の主張を考えてみます。

彼女らがとにかく「女性が性的に消費される」ことと「街にエロを反乱させる」ことに反発しているのに対し、私の意見は、
「女性にしろ男性にしろ性的に消費されたって良いと思うし、街に多少のエロがあるのも良いと思う。だがそれでもTPOを弁えるべき。献血啓蒙のために別にこういうポスターでないといけない理由はない」
というもの。頭の悪い対立構造においてはこれらを一緒くたにされてしまうのです。

「TPO」という根拠は一見アバウトに思えます。しかし、そもそもこれはアバウトな問題なのですよ。客観的にビシっとラインの引けない話で、微妙なところでは無難な選択をするのが公共心だと私は思います。

昔の地上波エロ番組はTPOを弁えていた

例えば、私が子供の頃には『11PM』という大人が見るエロ番組の代名詞的なコンテンツが地上波にありました。深夜の帯番組で、実際は社会問題なんかも扱う、要するにおっさんの番組だったんですが、週に2度はエロ企画があって、子供は隙あらばそれをチラ見していたのですよ。ちなみに、Mr.マリックもテレビデビューはこの番組のはず。

放送時間は23時20分からでした。子供なら寝てる時間で、エロ番組としては妥当です。では妥当ではない時間とは何時のことでしょうか。朝7時。ダメですね。夜7時。これもダメ。夜10時。まあ、ダメでしょう。夜10時30分…うーむ。と、考えだしたら、夜12時だって起きてる子供はいるんですよ。これだって明確な境界線なんてない話でしてね。最も多くの人が納得するのが夜11時を20分も過ぎればさすがに子供は寝てるだろうし、安全でしょう、と。

私はちょいちょいこの『11PM』の例を出すのですが、それは当時、大人と子供の文化がきっちり棲み分けられていたという話としてです。

ここでわざわざ「11時ちょうどでもいいだろ。いや、10時55分はどうだ。その境界線なんて誰が決めるんだ!7時でもいいじゃないか!」とやっているのが、今の献血ポスター論争に見えるんですわ。

さらにそこに「何がエロだ!ゴールデンタイムにやってた『ドリフ大爆笑』だって裸の女は必ず出てきたぞ!」というバカも出てくる。11PMに出てくる裸の女性とドリフに出てくる裸の女性は同じものという暴論なんです。彼らのほとんどは、それらの意図が全く違うものと知ってて、です。

論争に参加しないけど無意識に萌え絵を避ける人

太田弁護士や私のように、言葉としてはっきり表現しなくても、こういうポスターを避ける人達もいます。実はこれが結構多いのではと私は思ってるんですけどね。でもそういう人は「過激フェミニスト」とか「パヨク」みたいなレッテルを貼られてしまうのです。

『宇崎ちゃん』の「消費者」はそのほとんどが男性でしょうし、この論争の「いいじゃないか」派もやはり男性が主体だと思われます。そしてこの論争はあくまで氷山の一角で、ほんの一部の人しか参加していません。献血の啓蒙と言うのは言うまでもなく全国民が対象です。さて、論争に参加していない圧倒的多数を占める国民は実際のところどう思っているのでしょうか。

もちろんそんなことは私個人で調べようがありませんが、はっきりとボイコットみたいな言動には出さなくても、あの絵があるおかげでやんわりそこを避けるという人は、主に女性の間で多いと思うんですよ。少なくとも私や妻は、献血を避けるかどうかはともかくとして、あのポスターから受ける第一印象は良いものではありません。

言いたいことは、本来、一人でも多くの人に献血をしてもらいたいという目的で作ったポスターは、引力(人を引き寄せる力)と同時に斥力(人を遠ざける力)としても働くことがあり、ひょっとしたらその収支はマイナスになっている(斥力の方が強い)可能性だってあるんじゃないの?ということです。

そうだとしたら何とも馬鹿らしい話です。

献血ボイコットするヤツもそれを責めるヤツも同程度にクズである

この騒動は、「宇崎ちゃんのポスターを撤去しないなら献血はしない」というボイコット運動まで発展しました。これに対し宇崎ちゃん容認派はここぞとばかりに「どんな理由であれ、献血しないヤツより献血するヤツの方が偉い」とボイコット運動を攻撃。そりゃ攻撃しやすいですよね。献血する人としない人、どちらが正しい?と言えば、普通の感覚だと前者と答えざるを得ないわけですから。

私に言わせればどちらも全く同じなんですよ。そもそも献血は人の生死に関わる極めて重要、かつ公共性の高い、そして尊い行為です。その重要性は大人であれば常識と言えるものであって、後は当人に公共心があるかどうかの問題です。

で、できるだけ多くの人に献血をしてもらいたいという目的で宇崎ちゃんのあのポスターを作ったということは、「それまで献血に興味なんてなかったけど宇崎ちゃんは好きだから、あるいは巨乳の女の子に引き寄せられて」献血する人を目論んでいるわけですよね。つまり、他人の生き死により萌え絵のポスターの方がはるかに重要な、言い換えると萌え絵ポスター1枚ないと献血もしない「公共心の薄い人」です。

他方、宇崎ちゃんのポスターが気に入らないから献血はしないという人も、全く同じ。人の生き死により、たかだか1枚のポスターの問題を優先してしまう、やはり「公共心の薄い人」なのです。つまり、目くそと鼻くそのケンカなんですよ、これ。

公共心のある人であれば、文句を言いながらでも献血をするか、ポスターなんぞ目もくれずに献血をするでしょう。

献血ボイコットを批判する人には、「じゃあお前は普段どれだけ献血してるんだ?」と聞いてみたいものです。ちなみに私は献血をしたことがありません。あ、喘息持ちなんでしたくてもできないんですけどね。仮に健康体であってもさほど積極的に献血はしなかったでしょう。気分と体調が良くて、かつたまたま献血車の近くを通ったりすればやるだろう、くらいのもの。つまり、私も公共心の薄い耳くそなんです。ただし、耳くそは自分のことを棚に上げて目くそや鼻くその悪口を言ったりしないのです。

国民の多くはそんなに強い公共心を持っていないんです。だからこそこういうポスターを使おうなんて発想も生まれるわけで、たかだか1枚のポスターで献血する人がいるなら、たかだか1枚のポスターで献血したくなくなる人がいるのは当然なのですよ。後は収支の問題。

ところで、献血増やすにはどうすればいい?

さて、ここでポスター云々ではなく、献血そのもののお話を。

血って言うのはずーっと慢性的に足りてないんですよね。血はいくらでもほしいんです。だから萌え絵ポスターなんぞにも頼らなくてはいけない。

いやいや、だったらですね、血液売買制度を復活させりゃいいじゃないですか。大昔はやってたんですよ。家計が苦しいから血を売るなんてことを。

今血液売買をしなくなったのはいかにも倫理的な問題っぽく思われがちですが、実際は血の品質でした。その昔、自分の血液を売るような人って、日雇い労働者みたいなその日の生活費の足しにすることが多かったんです。で、その類の人たちは、当時合法だった覚せい剤(いわゆるヒロポン)をやってる人も多く、血が汚染されていたのです。検査技術が今ほど良いものではありませんでしたから、性病なんかの病気も多かったと想像できます。結局、お金で人を呼んだら品質に問題が出てくるってことでそういう制度はなくなり、「善意」に頼るようになりました。

さて今日。検査の速度・精度も上がりました。ヒロポンやってるも(めったに?)いません。血液売買復活させましょうよ。PayPayでもTポイントでも何でも良いからスマートにポイント還元できるようにすりゃ簡単ですよね。1cc=1ポイントだったら、時間と無駄に健康な肉体を持て余して金だけがない学生なんかが結構来てくれると思いますよ。

もうひとつ。健康な人が定期健診や人間ドックなんかで採血されますよね。その時についでに献血できるようにはできないんでしょうか。「献血用に200cc多めに採ってもいいですか?」って。これなら注射が嫌いで献血しない人もOKしやすいでしょう。

私は半年に1度嫌でも採血されるのですが、よく思いますよ。ついでに献血できりゃいいのになって。(繰り返しますが、私は喘息持ちで献血できません)

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