AIが発達しても貧乏人は貧乏のまま?

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AIが発達しても貧乏人は貧乏のまま?

先日、ひろゆき(西村博之)の動画配信を観てたらAIの話してたんですよ。
いわく、

AIが発達したところで、その恩恵を受けるのはAIの開発企業やその関連企業だけで、貧乏人は貧乏人のままだ

とのことでした。

えーっと…。
実に単純な話ですが、よく言われるように、現代日本においては庶民でも400年前の最高権力者である徳川家康より良い生活を送ってるんですよ。新鮮な魚を含め多種多様な食を楽しめるし、住居には冷暖房があって、移動には駕籠よりはるかに速くて乗り心地の良い車がある。病気になったら薬があって、疫病で死ぬこともありません。

豊かさとは「消費すること」であり、その意味において我々は間違いなく時を追って豊かになっていってるわけです。そもそも庶民に消費させないことには企業も売り上げを上げられませんからね。ひろゆきが言ってるのは短期的な企業の有りようであって、「貧乏人は貧乏なまま」と言うことはありません

AIの問題は、「技術革新」と「政治」で文脈が違う

過去にも当ブログで触れていますが、AIに関しては、
「雇用を奪われる」vs「労働から解放される」
という対立軸の議論ってあまり意味がないんですよ。これは技術革新の問題ではなく政治の話であって、その時の政治家がどういう施策を採るかで変わってくる話です。

で、経済政策の中でも、税制や規制の話というのは単純なものではなく、一国の首脳がその経済政策理念でもって「これ!」と言って決められません。例えば、企業は儲け過ぎだから法人税を上げます!なんてことをやって、拠点を海外に移されたら元も子もありません。

AIの発達はとりあえず楽観していい

AIが特定レベルまで進歩した後の政治、人間の生活、価値観がどのように変容するかは、かなり重大な問題ではありますが、深刻な問題ではないかもしれません。

人類にとって深刻な問題と言えば、戦争、疫病、自然災害、資源などですが、このうち戦争は、宗教を除けば「富の奪い合い」が原因です。しかし、人口は爆発的に増えていますが、それ以上に人類が生み出す富は大きく、幸いと言って良いかどうかは分かりませんが、第二次世界大戦以降大国同士の直接的戦争はありませんし、核兵器も使われていません。

今日だって世界のどこかには飢餓という状態が存在することは確かですが、日本では大量の恵方巻が廃棄されていることを考えれば、それは富の絶対量の問題ではなく、「富の再配分」の問題であることが分かります。

多少の波はあっても左に舵を切る世界

なぜこういう富の再配分に大きな偏りが生じるかというと、人間が「なるべく自分が富を得よう」とする利己主義で動いているから、つまり資本主義を活力源にして活動しているからに他なりません。が、これを直ちに否定することもできません。利己主義は向上心を生み、世界を発展させてきたのは事実ですから。

さてさて、AIと機械化によって、今後ますます人間の1人あたりの生産力は向上していくと考えられます。するとどうなるかと言うと、究極的には全ての人が豊かになり、貨幣というものもなくなってしまう可能性があります。もっとも、そうなるのはずいぶん先の話だとは思いますが、少なくとも人類の歴史はそういう方向に動いています。

……これ、全然違う話になるので、別の機会に回してまとめましょう。

まとめ

AIで人間が豊かになるかどうかは技術ではなく政治の話。
しかし、長期的には皆幸せになる方向へ進む。

さらにしかし、その時、人間がどんな形でアイデンティティーを確立するかは全く別問題で哲学の話。

↑最後のは本当に深い問題です。

AIによる人間の知性の完全再現、それに加えて不老不死の医療技術の確立。これらが人間の存在意義を根底から揺るがすことになるでしょう。え、そんな技術は永久にできない!?何を根拠にそんなこと言ってるんですか!
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