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ウォーキングデッドは社会学シミュレーションである。

学術

『ウォーキングデッド』はシン・ゴジラ同様の社会学的シミュレーション

ゾンビと言えば映画界には、それこそ「腐る」ほど溢れており、一方でコメディー寸前のパニックホラー、一方で『バイオハザード』のようなファッショナブルな女優のプロモーションビデオになってしまっていたわけですが、『ウォーキングデッド』は、連続ドラマ化によって、人間の営みと言う社会学を描いているという点で秀逸な作品だと言えます。まあ、初代『ゾンビ』もそういうニュアンスの作品ではあったんですがね。

『ウォーキングデッド』(以下、WD)において、ゾンビ(ウォーカー)はドラマの材料に過ぎず、作品で描かれるのは、ある脅威によって絶滅寸前にまで減少した人間が、リセット寸前にまで崩壊した社会リソース上でどう振舞うか、です。

これはちょうど、単なる怪獣パニックホラーであったゴジラシリーズにおいて、現実社会の人間たちがどう振舞うかのシミュレーションを描いた『シン・ゴジラ』の立ち位置によく似ていますね。

アメリカが銃社会だからドラマになる

弱い人間同士が集まり、協力する一方で、コミュニティー同士は反目し合い、人間と言う最も基本的な資源が極めて少なくなった現状においても富と安全を巡って殺し合いをする姿が描かれるWDですが、この作品がドラマとして分かりやすいのは、舞台がアメリカというのが大きいと思います。

アメリカの銃社会は、「自分の身を自分で守る権利がある」からとよく言われますが、さらにその理念の起源を辿れば、イギリスからの移民が銃によって原住民を追っ払い、銃によって独立戦争を制したからという説明を聞いたことがあります。銃と言うのはアメリカ人のアイデンティティーになっているところがあるわけですね。だからこそアメリカを舞台にしたこのドラマは、(倫理的に良い悪いは別として)絵になるわけです。

これが日本だと、互いに協調し合ってあっという間に新国家を作り上げてしまい、何のドラマも生まれない可能性があります。


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